【福の神のお使い・1】かわいい神様。<前編> | 神仏広告代理店

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【菊と稲荷】

"えびすかき" は福の神を伝える神のお使い。

 

肩から下げた四角い木箱に、福の神を隠した神のお使い。

 

 


村から村へ、町から町へ。

 

山越え谷越え、諸国を周る。

 

 

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「つきせぬ御世こそ めでたけれ……」

 

 

シマオはそう締めの言葉を語ると同時に、くるりと右回りに回転し、

両手で操っていた木偶人形から右手を抜くと首から胸に下げた木箱の中に人形を隠し、

空いた右手でトコトントントン……と木箱を太鼓のように打ちながら正面を向いた。

 

 

黒い脚絆を巻いた華奢な脚を揃え、

ぴたりと止まると頭布から溢れている黒髪が汗で頬に張り付いた。

 

濃い藍染の衣がより肌を白く見せ、大きな瞳には凛とした光が宿っていた。

 

 

 

季節は秋だが、ひと時の舞でも両手で木偶人形を動かし、

笑顔で歌うように語った後で身体も火照っていた。

 

 

そこに風が吹き、シマオは心地良さに目を細めた。

 

 

 


「えべっさまが消えた!」
「神様、どっか行ったん?!」

 

シマオの前で見ていた子ども達が、目を丸くして口々に騒いだ。

 

 

「えべっさまは戻られたな。さ、お前らも家にお帰り」

 

 

シマオが笑顔でそう伝えると、子ども達は

おっかあに話す! おとうにも! と目を輝かせて家に走って向かった。

 

 

 

 

一人、ぽつんとその場を離れない少女がいた。

 

 

「もうえべっさまはお帰りになったで」

 

シマオは首から掛けた木箱の中に、木偶人形が隠れているのをちらりと確かめてから、

頬についた髪を除け払い、その場にしゃがんで少女に話しかけた。

 

 


「……かわいいなあ」

 

少女はうっとりと頬を桃色に染めて、木箱を見ながらそう言った。

 

 

「え?」

 

「かわいい……あ、そうや!」

 

少女はそう言うと、去っていった子ども達の後を追うように、その場から駆けていった。

 

 

 


「……かわいい……か」

 

立ち上がったシマオは大きくため息をついて、その背中を見送った。

そして、木箱の中で布に隠していた木偶人形をそっと取り出し見つめた。

 


「みんな喜んどったな」

 

後ろで見ていた先輩格の条介が、ポンと肩を叩いた。

が、シマオは返事もせずに木偶人形を見つめ、またため息をついた。

 

 

「どうしたん?」

 

「……かわいかったら……あかんやろ」

 

 

条介は黙った。

 

 

「だって、神様やで。かわいかったらあかん」

 

 

 

 

シマオと条介は「えびすかき」と呼ばれる傀儡師だった。

 

 

摂津国の戎社に祀られている「えびす大神」……

 

所謂「えべっさま」の姿を刷った「御神影札」をというお守りを配布するために、

諸国を周っている。

 

 

 

その時に「えびすかき」は、首から下げた木箱の中に入れた

えべっさまの木偶人形を舞わせて、その土地を祓い清め、福を授ける役割も兼ねていた。

 

 

 

「御神影札」は毎年新しいものを配布する。

 

えびすかきは毎年決まった時期に、決まった町や村を

えべっさまと訪れる「神のお使い」だった。

 

 

 

***

 

 


「さっきの村で条介が舞わせた時は、子どもも大人もえべっさまを憧れの目で見とったやん……」

 

「まあな」

 

 

シマオは14歳。まだまだえびすかき見習い中という事もあり、

3歳上の条介について旅をし、経験を重ねていた。

 

 

 

「……やっぱり条介の舞はちゃうねんな。そこに神を見てるねんで」

 

シマオは手にした木偶人形の緋色の衣を撫でた。

 

 

「かわいい言われたらあかんで。神様にかわいいって思わんやろ。

俺のはただの小さい木偶人形にしか見えてへんってことや」

 

そう言いながら隣に立つ条介の顔を見上げる。

 

 

「それくらい背丈もあったら、神様らしさも出せるんかな」

 

 

条介は長身。

 

垂らした真っ直ぐの黒髪と、色素の薄い瞳が印象的な整った顔立ちのせいか、

普通ではない特別感を醸し出していた。

 


「関係あるんか、それ。……神様らしさか……」

 

条介はシマオをじっと見て続けた。

 

 

 

「でも今日のお前の舞、いつもよりなんかかわいかったな」

 

「は? なんやねん、それ……」

 

 

シマオは木偶人形の小さな顔と向き合いながら、ぶつくさと呟いた。

 

 

 

***

 

 


この時代、人形はまだ子どもの玩具ではなかった。

 

呪術や祈祷に使われるもので、子どもたちの目に触れる機会はなかった。

 

 

 

子ども達どころではない。

 

 

傀儡師の木箱から飛び出し、舞い踊る木偶人形は

貴賤を問わず大人の目も釘付けにした。

 

 

 

 

小振りのりんごくらいの頭の大きさのその木偶人形には、簡単な顔が彫られていた。

 

 

ほとんど目にする機会のないその存在は、傀儡師が動かすとその顔には表情が現れた。

 

 

 

 

その時ばかりはそこに神の御霊が宿り、

 

人々はその小さな ”人形” が動く不思議な時間と空間の中に、神を感じていた。

 

 

 


「修行修行。さ、ここの神さんに挨拶して行こか」

 

「……そやな」

 

 

 

二人は振り返ってその場でしゃがみ込んだ。

 

 

そこには子どもの背丈よりも小さい祠があった。

 

 

<photo : Doridori様>

 


ここは京の都から少々距離もある小さな集落だった。

 

村の神を祀る祠には扉もなく、小さな丸い石が中に置かれていた。

 

 

何の変哲もない丸い石だが、強いて言うなら

ちょうど真ん中ではっきり色の濃さが変わっていた。

 

 

 

それがこの村を守るご神体だった。

 

 

 

***