⛩【菊と稲荷】三輪山登拝 * 森のコトシロヌシ。 | 神仏広告代理店

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【菊と稲荷】

【菊と稲荷】の始まりの物語はコチラです→『プロローグ。』

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<あらすじ>

 

『怖いと思われている稲荷の誤解を解いてほしい』 

 

その言葉と共に、六甲山の高取神社で

 

「神様」という存在に、前よりも強く接続してもらった私。

 

 

前からついていたという高野山の清高稲荷大明神さま

 

子狐眷属の姿も確認できるようになり、

 

奇妙な共同生活(?)が始まっていた。

 

 

その清高稲荷大明神に依頼されたお祭りが終わり、

 

次のミッション「事代主(コトシロヌシ)」という神の解読も一旦終えたが、

 

心に何か引っかかっていた私は、奈良の三輪山に向かった。

 

 

 

***

 

 

 

三輪恵比須神社を出た私たちは、大神神社へ。

 

まずは成願稲荷社に参拝に♪

 

 

 

 

菊「成願!……またいいお名前ですねー」

 

 

 

 

ただ……なんかお言葉を渡された気がするも、

 

メモをしようとiPhoneを出した時には「……あれ?なんだっけ💧」な状態で。

 

 

 

 

結局メモできたのは「また一人で来い」という言葉💧

 

 

 

 

菊「あ"ーーー。ちゃんとすぐメモしたら良かった〜。残念……」
 
 
こんな風に、実は渡された言葉は残しておかないとすぐに忘れる。
 
菊「また参ります〜……」と成願稲荷社を後にした。
 
 
 
 
そして大神神社。
 
 
 
出雲大社と同じトーンの拝殿あたり。
 
 
そのかっこよさに、御朱印帳を授与して頂きました✨

 

 

 

 

私のお目当ては事代主神が祀られている

 

三輪山登山口にある狭井神社。

 

 

その狭井神社に一番近いお茶屋さんで、きつねにゅうめんを♪

 

お店の方がとても明るく元気いっぱいで、

 

いい感じでテンション上がって狭井神社に向かう。

 

 

 

 

狭井神社の主祭神は大物主神の荒御魂、大神荒魂神。

 

そして事代主神も一緒に鎮座されている。

 

 

 

 

湧き出る霊泉を授与して頂き、登拝料をお渡しして三輪山に向かう準備をする。

 

三輪山は御神体のため、撮影はできない。

 

 

 

森の中の画像は、荒島岳や六甲山の似た印象の風景を代わりに使ったので、

 

植生が違っていたらごめんなさい。

 

 

 
 
狭井神社にご挨拶後、登山口で一礼して三輪山入山。
 
 
 

途中の行場までは、まよさんたちと一緒に行き、

 

そこから先は一人で山頂を目指すことにした。

 

 

 

菊「行ってきます!」

 

 

みなさんに手を振って、急ぎ足で山頂を目指す。

 

 

 

というか……もう少し奥に行ってみたかっただけで、

 

山頂まで行く必要は特になかった。

 
 

 

 

一人になった途端、いろんな言葉が渡される。

 

 

 

宇迦之御魂神さまからは、

 

まだまだ広告ができていないと突かれ💧

 

 

 

菊「……力が強い神様は、そんな風に怖がられてしまうのかもしれないですよ」

 

宇迦之御魂神「…………ややこしいな。強いのは怖いに繋がるのか?」

 

 

 

菊「ハイ。ややこしいです……」

 

宇迦之御魂神「……(笑)」

 

 

 

そんな風に笑ったりしながら登っていると、ふと言葉が渡された。

 

 

 

 

 

"事代主を知る" ということは

 

 

"事代主を入れる" ということ

 

 

 

 
 
菊「……事代主神さま……」
 
 
 
事代主神(以下:事)「 "事代主を入れる" という事は、
 
”事代主を自分の中に存在させる” という事」
 
 
菊「はい……」
 
 
 
 
事「 "事代主を入れる" という事は、
 
"全ての物事を知っている" という事。
 
だから何も恐れる事はない。もう全てを知っているのだから」
 
 
 
 
菊「………………」
 
 
 
 
その意味は、アカシックレコードのように既に決まっているという事実を、
 
自分の中に意識するという事なのかと思った。
 
 

 

 

 

"事代主を入れる" ということは

 

 

また

 

 

"全てのものの代わりとなる" ということ

 

 

 

 

事「 "全てのものの代わりとなる" という事は、
 
”これまでの己の魂の代わりとして今在る” という事」

 

 

 

菊「魂の代わり……これまでのですか? 

 

"過去生" と呼ばれるものの代表? としての今の自分……?」

 

 

 

事「そうだ。だから……今を生きなさい。

 

繰り返してきた魂の存在を知る。

 

"事代主という神" を意識する事で、その魂の繋がりや重なりに気がつく」

 

 

 

 

「………これまでの魂の代表が、今この自分

 

 

 

 

全ての物事を既に知っている自分は、

 

 

過去に生きてきた幾つもの自分の魂を、今、代表して

 

 

また新しく生きている……

 

 

 
 
菊「そう考えると、なぜか意味もなく大丈夫かもとか……
 
一生懸命、今を生きようと思えますね」
 
 
 
「心が全ての流れを知っていると思えば、不安はなくなってくる。
 
繰り返し生きてきた魂があると思えば、自分の持つ見えない強さに気づく
 
 
 
菊「……なんか初めて……
 
事代主神さまとすらすらお話しできている気がします……」
 
 
 
事「それはここが森の中で、お前が自分を全開にできているからだ」
 
 
 
 
 
……ああ、そうかもしれない……
 
 
 
その時、ふと私はある事を思い出し、それを訊いてみる事にした。
 
 
 
 
 
菊「あの……事代主神さま。
 
出雲の国譲りの時の事なのですが……」
 
 
 
事「…………」
 
 
 
菊「私、この前、えびす神の設定を見て ”そうされた” 神様がいて……
 
つまり、手足の自由を奪われた神様が
 
無理やり海底活断層の神に供えられたんじゃないかって書いたんですけど……」
 
 
 
事「…………うん」
 
 
image
 
 
菊「そうじゃなくて、ご自身で身代わりになろうと決めて、
 
海に入られたんじゃないのかなって……なんか後でそう思って……」
 
 
 
 
事代主神の顔は、とても穏やかだった。
 
 
 
 
事「結局は、それぞれの心の中が決める事だ」
 
 
菊「心の中……?」
 
 
 
 
事「"神" に対する印象や存在感は、人によって様々に違う。
 
"神" だけではなく、存在する "世界" 自体が人によって様々だ」
 
 
 
菊「…………」
 
 
 
事「物事は多様な視点から捉える事ができるが、その視点の位置は様々だ。
 
そしてそれぞれの心が決めた視点から見た "世界" が、その意味を成す」
 
 
 
菊「はい……」
 
 
 
「己の中の "事代主という神" にどうあって欲しいか。
 
それを想い描けばそれでいいという事だ」
 
 
 

事「それは "神" に対してだけでなく、全ての物事に当てはまる。
 
"自分自身" も同じだ。
 
 
"事代主という神" が海底で柱として生きているとして……
 
その世界で、己はどう生きる?
 
 
 
菊「……………」
 
 
 
「 "事代主という神" が柱となって守っている世界を大切に思うならば、
 
大切にその日々を生きればいい。
 
神はそのために柱となり、生きている」

 

 

image

 

 

「神の事を考えるのと同時に、己の事も同様に考える。

 

そうでなければ、神のいる意味は無いぞ」

 

 

 

 

森の中という……

 

 

しかも古代からの御神体である三輪山の森にいるからか、

 

地に足着き過ぎる言葉を渡されて、日々の反省モードに入ってしまう私だった(まさかの……)

 

 

 

 

《三輪山登拝・後編に続く》

 

 

⛩【菊と稲荷】次のお話はこちら*

 
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