「考えない」思考法(自分の人生を本気で生き抜くためにその5) | 魂の還る場所 ~心の備忘録~

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過去の自分、もしくは来世で生まれてくる自分に向けて、日々こつこつと「変なひと(秘法使い)」がブログを書いています。

余計なことはできるだけ考えないようにしなさい

「答えのない答え」が世の中には数多く存在する

わたしたちは学校教育や職場で、

 

 

考えなさい

 

 

ということを強く教わります。自分の頭で考え、

最適な「回答」を導き出すことが、わたしたち

人間に(昔から)求められてきたことですが、

 

 

考えること」ばかりを教わった現代人は、

ともすると「頭でっかち」になり、時として

必要のないことまで考えてしまいます。

 

(「将来に対する不安」なども、この

 「必要のないこと」に該当します)

 

 

考える癖

 

 

考える癖」がもはや習慣化してしまった

現代人は、逆に「考えないこと」を試みる

ことのほうが難しいかもしれません。

 

 

学校教育では、なぜか「考えること」は教わっても、

考えないこと」は教わりません。これでは、

「アクセル」の踏みかただけを教わる教習所のようなものです。

 

(それがいかに「危険なこと」かは、

 教習所の例からもわかるかと思います)

 

 

考えない癖

 

 

沈黙法」という瞑想法をご存じでしょうか。

文字通り、頭の中を「沈黙」で埋める瞑想なのですが、

現代人は常に何事かを「考えて」いますから、

 

(周囲には情報が溢れかえっていますから、常に

 無意識に「考え事」をしているのが現代人です)

 

 

あえて頭の内側を「空っぽ」にする必要があります。

精神の健康のためにも、日頃からこの「沈黙法」を

積極的に取り入れていくほうが良いかと思います。

 

(むしろ「沈黙法」は「考えない訓練」として

 学校で教わるべきではないでしょうか?)

 

 

これは余談ですが、わたしたちは「力を入れる」訓練ばかり教わり、

力を抜く」方法はあまり教わりません。「力を抜く」ことは、

エネルギー」を充電するために必要不可欠なことなのに、です。

 

(「考えること」は「脳に負荷を加えること(力を入れること)

 です。逆に「考えないこと」は「力を抜くこと」だといえます)

 

 

考えても答えの出ないこと

 

 

実は世の中、「考えても」答えが出ないことの

ほうが、答えが出ることよりも、圧倒的に

多いことを、あなたはご存じでしょうか

 

 

「わたしはなぜ生きているのか」

「何であんなことが起こったのだろう」

 

 

以前もこのブログではお伝えしましたが、

なぜ」「なんで」に「答え」はありません。

そして大抵の場合、それらの質問は

 

 

自責の念」に終わります。「わたしが悪かった」と

いう「罪悪感」だけが残る結果に終わり、この

思考の罠」に大勢のかたが陥ってしまっています

 

(「なぜ」の代わりに「何のために」と考えることが

 秘訣ですが、それはこちらをご参照ください)

 

 

考えないこと

 

 

考えないこと」は「考えすぎる」現代人にとって

特効薬」となる習慣です。「沈黙法」などを日常に

取り入れ、「考えない」習慣を身につけることで、

 

 

不要な悩み」から解放されることができます。

不安に襲われたり、悩みが尽きないのも、この

「考えすぎる癖」が原因のことがほとんどです。

 

(日常のネガティブなことは、ほとんど

 「自動思考」で考えてしまっています)

 

 

答えがないことが答え

 

 

そのことが本当に腑に落とせたとき、あなたは

答えのないことの答え探し」をしていた習慣

から解放されることでしょう。そうなることで、

 

 

あなたは「考えすぎる」ことの呪縛から解放され、

より健やかな日々を過ごされること間違いありません

 

 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

あなたに真の幸福が訪れることを祈っています。

 

 

今日も一日笑顔で明るく、自分と他者に愛と祝福を

いってらっしゃい