シカゴで乗り換えた列車には、先ほどまでのような個室はなく、向かい合う座席の片側に二人は並んで腰を下ろした。
テリィが脱いだジャケットを、二人の膝へ広げる。その下でキャンディの手を探し、指を絡めた。
キャンディが彼を見る。

テリィは何も言わず、少しだけ口元を緩めた。キャンディも微笑み、窓の外へ顔を向けた。

車窓には、若い緑に覆われた景色が流れている。建物の多かった眺めは、いつしか広い畑や、木々に囲まれた家々へ変わっていた。
キャンディはテリィの肩へそっと寄りかかった。

彼も座り直し、彼女が寄り添いやすいように肩を下げる。しばらく二人で、黙って外を眺めていた。

「あ、そうだ」

キャンディが顔を上げた。

「出発前に、アニーからお手紙が来たでしょう。イライザが、またニューヨークへ来るんですって」

テリィが彼女を見た。

「何しに?」
「お芝居を観に。披露宴で踊った俳優さんに、観に来てくださいって言われたんですって」

少し考えてから、名前を続ける。

「ルークさん、だったかしら」

「その舞台は『十二夜』だな」

テリィは日を数えるように、少し目を動かした。

「俺たちがポニーの家にいる頃に、初日を迎えるはずだ」
「それを、アニーに自慢していたそうよ。わざわざ自分を誘ってくれたって」

キャンディは笑った。

「アニーは、社交辞令じゃないかしらって書いてたけど」
「いや。あいつは、本気で言ったと思う」

キャンディが目を丸くする。

「そうなの?」
「そういうやつだ。観に来てもらいたかったんだろ、純粋に。自分が出る舞台を」
「……そういうことね」
「ああ。誘った相手がイライザだから、ということじゃないと思うけどね」

キャンディは口元を押さえた。披露宴のダンスフロアで、珍しく辛抱強く相手をしていたイライザを思い出す。

テリィは窓の外へ目を向け、それから小さく息を吐いた。

「じゃあ、またあの顔を見ることになるのか」
「あなたの公演ではないでしょう」
「劇場には来るだろ。妙なことが起きなければいいけどな」

眉を寄せる彼に、キャンディは笑った。

「もう、昔ほどの勢いはないわよ」
「どうだか」
「多少の嫌味は言うけど。それくらいなら、いつものイライザだもの」

キャンディは少し肩をすくめた。

「何も言わなくなったら、かえって心配になるわ」

テリィがこちらを向いた。

「きみは何でも理解しようとするんだな」

その声に、キャンディは笑みを収めた。

「イライザがきみにしたことを、思い出してみろよ」

ジャケットの下で、つないだ手に力がこもる。

「ただの嫌味で済むことばかりじゃない。どれも、一歩間違えば……」

テリィは言葉を切り、彼女を見た。

「きみは、今ここにいなかったかもしれないんだぞ」

声は低かったが、その眼差しは真剣だった。
キャンディは握られている手を見下ろした。テリィが、どの出来事を思い出しているのか分かった。その中には、彼自身の人生まで変えてしまったものもある。

キャンディは少し身体を起こした。

「テリィ。私だって、イライザのしたことを全部許しているわけじゃないのよ」

彼は黙って彼女を見つめた。

「忘れてもいないわ。思い出すと、今でも嫌な気持ちになることがあるもの」

キャンディは空いている手を、自分の胸へ当てた。

「だけど、仕返しをするつもりはないの。そんなことをしても、何にもならないから」

テリィは何か言いかけ、口を閉じた。キャンディは続けた。

「私、ここで思ったことを、あまり口にしてこなかった」

胸に置いた手を、そっと下ろす。

「平気な顔をしていても、本当は腹が立っていたり、悲しかったりするの。でも、それを言ったら、もっと嫌な気持ちになりそうで」

テリィの指が、彼女の手を握り直した。

「俺には言っていいよ」
「いいの?あなたに言っても」

キャンディは彼の顔を覗いた。

「そのときは、呆れないで聞いてくれる?」
「呆れるって?きみに呆れることなんか……」

彼は怪訝そうに眉を寄せた。

「だって、イライザにこう思ったこと、あるわもの」

キャンディは周囲をちらりと見た。それからテリィの肩へ手を置き、耳元へ顔を近づける。

「……ふざけんじゃないわよ、あの性悪女」

囁いてから、すぐに顔を離した。テリィは動かなかった。キャンディは少し赤くなり、彼を見る。

「……ほら。ね、酷い言葉で呆れるでしょう」

テリィは一度瞬きをした。それから、唇を結んだが、その口元がわずかに震えている。

「え?なに?笑うこと?」
「いや、悪い」

そう言った途端、彼の肩が揺れた。

「呆れて笑ってるの?言わなきゃ良かったな……」
「いや、そうじゃないよ。呆れてない」

テリィは声を抑え、顔を少し背けた。それでも笑いが収まらない。キャンディが彼の脇腹を軽くつつく。

「まさか、きみの口から、そういう言葉を聞くとは思わなかったから、少し驚いただけ。でも、きみもそういうこと思うんだなと思ったら、少しホッとした」
「私だって、思うことくらいあるわよ」

キャンディは小さな声で続けた。

「理不尽なことをされたり、わざと意地悪をされたりしたら。いつも、“そういうことをする人のほうがかわいそうな人”、なんて思っていられるわけじゃないもの」

テリィはようやく笑いを収め、彼女へ向き直った。

「そうだな」
「本人に言いに行きたいわけじゃないの。でもこれから、あなたに話せたことで少し気が晴れるなら、私はうれしい」
「聞くよ、いつでも」

その返事は、すぐに返ってきた。
キャンディが彼を見ると、テリィはまっすぐ見つめていた。

「きれいな言い方に直さなくていい。きみが思ったとおりに言ってくれればいい」
「もっとひどいことを言うかもしれないわ」
「今のより?」

キャンディが頷く。テリィは微笑んだ。

「それは楽しみだな」
「そういうのは、楽しみにしないで」
「あはは。分かった。ちゃんと聞く」

彼はつないだ手を、ジャケットの下で自分のほうへ引き寄せた。

「でも、きみがそこまで腹を立てた理由も聞かせてくれよ」

キャンディは少し目を伏せた。

「ええ」
「きみだけで飲み込まなくていいから」

その言葉に、キャンディは彼の肩へ額を寄せた。

「……ありがとう」

テリィの頬が、そっと彼女の髪へ触れた。しばらく、そのままでいた。

やがてキャンディが顔を上げ、彼を見る。

「あなたが腹を立てたときも、私に言ってね」
「ああ」
「今みたいに」

テリィは彼女を見つめ、それから頷いた。

「そうする」

キャンディは微笑んだ。

窓の外では、畑の向こうに小さな家が見えていた。二人でそちらへ目を向ける。
ジャケットの下でつないだ手を、キャンディはもう一度、ぎゅっと握った。