その夜、キャンディはパティから届いた手紙を、読んでいた。便箋には、会えてうれしかったことや学校での出来事が細かな文字で綴られている。
読みながら笑っていたキャンディが、やがてある一行に目を留めた。
「……“ケビンさんって、楽しい方ね”、ですって」
隣で本を読んでいたテリィが、顔を上げた。
キャンディは便箋を少し持ち上げた。
「結婚式の日、二人一緒に踊ってたでしょう? そのあと、私たちが帰ってからの集まりでも、いろいろお話ししたんですって。マジックも見せてもらったって」
「まだ、あれをやってるのか」
テリィが笑った。
「知ってるの?」
「ああ。何度か見せられた」
「上手なの?」
「本人は、そう思ってる」
キャンディは笑いながら、その続きに目を向ける。
「パティは、すごく驚いたって」
「それは、ケビンが喜んだだろうな」
彼はそう言って、本へ目を戻そうとした。けれど、キャンディが急に黙ったことに気付き、テリィが尋ねる。
「どうした?」
「ううん。たまたまだと思うんだけど、パティの手紙に、こういうふうにステア以外の男の人の名前が出てきたの、初めてかもしれないと思って」
テリィは本へ栞を挟んだ。
「おかしいことではないと思うが」
キャンディは手紙へ目を戻した。
「そうじゃなくて、新しく知り合った男の人を、楽しい方だったって。こんなふうに書いてくれたこと、今までなかった気がするの。ダンスのときも楽しそうだったし」
キャンディは、そのときの二人を思い浮かべた。パティの手を取るケビン。顔を見上げて、声を立てて笑うパティ。曲が終わっても、二人はすぐには離れず、何か話していた。
「いい雰囲気だった気がするの」
テリィは彼女の顔を見た。
「それで?」
「何かあったら、うれしいなって」
言ってから、キャンディは便箋を膝へ置いた。
「でも、楽しかったから書いてくれただけかもしれないわね。私たちがいなかったあとのことも、教えてくれてるんだもの」
テリィは頷いた。キャンディはしばらく手紙を見つめ、それから小さく息をついた。
「パティにも、もう一度好きな人ができたらいいのに……」
「前に聞いたときは、何て?」
「ステア以上の人には、なかなか出会えないわって」
そう言ったときのパティの顔を、キャンディは覚えていた。穏やかに笑っていたけれど、それ以上尋ねてよいのか分からなくなった。
「恋をしたくないわけではないみたい。でも、結婚式の前夜も、アニーや私がそういう話をすると、いつの間にか、ほかの話になっていて」
「話したくなかったんだろうな」
「うん。分かるの。私もあなたと別れていた頃、アニーに聞かれると、そうしていたから」
キャンディは便箋の角を揃えた。少し間を置いてから、静かに続ける。
「ステアが亡くなったとき、パティもあとを追おうとしたのよ。アニーと二人で、必死に止めたわ。あのときは、生きていてくれさえすればいいと思った。ほかには何も望まなかったのにね」
今、パティは教師になり、子どもたちの成長を喜ぶ手紙を書いてくれる。
あの日には思い描くことさえ難しかった未来を、パティは自分の足で歩いていた。
「欲張りになったのかしら、私。今度は、誰かと一緒に幸せになってほしいと思ってしまうの」
キャンディはテリィを見た。
「仕事があることも、夢を叶えたことも幸せだって、分かっているのよ。でも……あなたとまた会えて、こうして一緒にいられるようになってから、思うの。自分を一番大切にしてくれる人がいて、私も、その人が世界で一番好きで。その人のそばで暮らせるって、こんなに幸せなんだって」
テリィは黙って聞いていた。
「だから、パティにも、もう一度そういう幸せがあったらいいなって。ステアを忘れてほしいんじゃないの。ただ、これから誰かを好きになってもいいのよって。だから、ブーケトスも……」
そこまで話して、キャンディは口を閉じた。テリィの視線が、自分に向いたままだがどこか遠くを見ているようだった。
「……テリィ?」
彼はゆっくりキャンディを見た。
「俺なら、どうするだろうな。あの別れが、きみが死んだという別れだったら」
キャンディは息を止めた。テリィは一度視線を落とし、それからまた彼女を見た。
「俺も、パトリシアと同じかもしれない。顔を見たいだろうし、声も聞きたい。触れたいし、抱きしめたい。話したいことだって、毎日あると思う」
キャンディの指が、膝の上で小さく動いた。
「けど、そのために、ほかの誰かにそばにいてほしいとは思わない。会いたいのは、きみなんだから」
キャンディはその言葉を聞きながら、長く離れていた年月を思った。
親切にしてくれた人はいた。そばにいてくれる友人もいた。その人たちに救われたことは、数えきれない。それでも、テリィに会いたい気持ちは、別のところにあった。
「きみの代わりになってくれる人が欲しいわけじゃない。その人自身を、本当に好きになれなければ……一緒にはいられない。そういう人に会わなかったら、俺もきみとの思い出と生きていくんだろうな」
「テリィ……」
キャンディは彼を見つめた。
「それは……つらくないの?」
テリィはすぐに答えた。
「きみがいないことのほうがつらい」
彼女は黙って聞いた。
失った人に会いたいこと。新しい誰かを求めていないこと。その二つを、いつの間にか一つにしていたのかもしれなかった。
「意地を張って、一人でいるんじゃない。ほかの人を好きになったら、きみを裏切るとか、そういうことでもない。ただ……好きになれないなら、仕方ない」
キャンディは自分も同じだと思う。
「でも、いつか誰かを好きになるかもしれない。それは、パトリシアにも今は分からないんじゃないか。また誰かを好きになっても、ステアを好きだったことまで変わるわけじゃない」
キャンディは膝の上の手紙へ目を落とした。そこには、毎日の出来事が書かれていた。
「私、パティが誰かを好きになったら、安心すると思っていたの。もう大丈夫なんだって。あのときの悲しみから、やっと……」
言葉が止まった。テリィは続きを促さず、待っていた。
「でも、パティはもう、ずっと生きてきたのよね。悲しかった日も、寂しかった日もあったでしょうけれど、自分で教師になって、子どもたちを大切にして。私が安心するために、パティが恋をする必要はないもの」
テリィが彼女の肩へ手を置いた。
「きみは、幸せになってほしいんだろ。それは、願っていていいんじゃないか」
キャンディは顔を上げた。
「ただ、何が幸せかは、パトリシアが見つけることだろうな」
その言葉に、彼女はゆっくり頷いた。
もう一度恋をしてほしいという願いが、消えたわけではなかった。
もし誰かを好きになったと聞けば、きっとうれしい。それでも、そういう日が来なければパティの人生に何かが足りないとは、思いたくなかった。
手紙を封筒へ戻し、テーブルに置いた。しばらく、二人とも何も話さなかった。
やがて隣にある彼の手へ、自分の手を重ねた。彼が掌を返し、指を握ってくれた。
キャンディはその温かさを感じながら、さっきの言葉が過ぎった。
『きみがいないことのほうがつらい』
胸の奥が、静かに熱くなった。
「……テリィ」
「ん?」
「今、抱きしめてもらってもいい?」
彼は彼女を見た。それから、肩に置いていた手を背中へ回し、ゆっくり引き寄せた。
キャンディはその胸へ頬を寄せた。腕を背中へ回すと、テリィの腕にも少し力がこもる。
彼の温かさを確かめるように、もう少し身体を寄せた。
「……ありがとう。今、ここにいてくれて」
テリィはしばらく黙っていた。やがて、キャンディの髪へ頬を寄せる。
「きみも」
その声をすぐそばで聞きながら、キャンディは彼を抱く腕にそっと力を込めた。