「私の足を見ない!」
「はい!」
「背筋を伸ばして!」
「はい!」
「次、左!」
「はい!」
先ほどまでとは違い、今度は踏まなかった。
「……そう。それでいいのよ」
「できました!」
「いちいち喜ばない!」
「はい!」
その様子を見ていたアーチーは、とうとう顔を背けた。
「駄目だ……」
「アーチーったら、失礼よ」
「だって見てよ。イライザが人にダンス教えてる姿」
「いいじゃない。上手になってきたみたいよ」
「そっちじゃないよ。イライザが誰かの面倒見てるってことのほうだよ」
アニーはもう一度二人を見た。
青年が何かを間違えると、イライザが呆れながら直す。けれどもう怒ってはいなかった。
アニーは小さく笑った。
「本当ね」
その頃、フロアの反対側では、パティがケビンに振り回されていた。
「ちょっと、ケビンさん!上手じゃないって言ってたじゃない!」
「上手じゃない?それは、芝居よりは下手だってこと」
「比べるものが違うでしょう!」
ケビンが笑い、パティもつられて笑った。
その近くでは、マイケルとローレッタが穏やかに踊っている。
「兄とは、ずいぶん長く一緒に舞台に?」
ローレッタが尋ねた。
「ええ。長いですね」
「どんな人ですか? 劇団では」
マイケルは少し考えた。
「そうですね。信頼できる男です。特に舞台の上では、これ以上ないくらい」
ローレッタは少し離れた場所にいる兄を見た。キャンディと何かを話して笑っている。
「私の知らない兄を、皆さんは知っているんですね」
「そんなことない。俺たちの知らないテリィを、あなたはたくさん知ることになるでしょう、家族なのだから」
ローレッタは少し考え、それから笑った。
「そうかもしれませんね」
曲が終わった。拍手と笑い声があちらこちらから上がる。
エルロイの前では、先ほどの老紳士がもう一度頭を下げていた。
「もう一曲、いかがですかな」
「先ほど、一曲だけと申し上げたでしょう」
「ええ。ですからこれは二曲目です」
エルロイは呆れたように相手を見る。
「ずいぶん都合のいい方ですこと」
「よく言われます」
エルロイはしばらく黙っていた。
そして――もう一度、その手を取った。
それを見ていたキャンディが声を上げる。
「大叔母さま、二曲目!」
テリィが笑った。
「聞こえるぞ」
「あっ」
キャンディが慌てて声を落とす。
その隣では、アルバートがダンスを終えたところだった。
ところが席へ戻る暇もなく、待ち構えていた女性たちが次々と声をかける。
「ミスター・アードレー。次の曲、お願いしても?」
アルバートがわずかに困った顔をする。
キャンディはその様子を見て、とうとう吹き出した。
「アルバートさん、大変そう」
「助けてやれば?」
「どうやって?」
「娘なんだから連れ戻してくればいいだろ」
「でも、楽しそうよ」
「じゃあ放っておこう」
「うん。そうね」
アルバートがこちらを見る。キャンディと目が合った。助けを求めているようにも見える。
キャンディはにっこり笑って、小さく手を振った。
アルバートの顔が、ほんの少しだけ呆れたようになった。
「見捨てたな」
テリィが言う。
「だって、おもしろいんだもの、困ってるアルバートさん」
「ひどい娘だな」
二人が笑う。
会場を見渡せば、もうほとんどの人が席を離れていた。
そして少し離れたところには、名前も知らない若い俳優へ、いつの間にか本気でダンスを教えているイライザ。
「違う! そこは左!」
「はい!」
「また足を見る!」
「すみません!」
「謝らなくていいから覚えなさい!」
「はい!」
テリィがそちらを見た。
「……何やってるんだ、イライザは」
「ダンスを教えてるみたいね……」
「あの、イライザが?!」
テリィはしばらく眺めていた。
「世の中、分からないもんだな」
キャンディが吹き出した。
楽団が次の曲を奏で始める。披露宴はもう、最初の頃とはまったく違う空気になっていた。
誘う人がいて、誘われる人がいて、踊る人がいて、それを見て笑う人がいる。
今日初めて会った者同士が話し、ずっと前から知っている者同士が、今まで知らなかった顔を見る。
窓の外では、三月のニューヨークに少しずつ夕暮れが近づいていた。