曲が終わると、会場から大きな拍手が起こった。大勢の招待客がフロアの周りに集まり、笑顔で二人を見守っている。
キャンディは少し照れながら、テリィとともに拍手に応えた。やがて楽団が次の曲を奏で始める。
今度は先ほどよりも軽やかな曲だった。それを待っていたように、あちらこちらで男性が女性へ手を差し出している。
たちまち何組もの男女で賑わい始めた。
ドレスの裾が音楽に合わせて揺れ、楽しげな笑い声が楽団の演奏に重なっていく。
披露宴の終盤。新郎新婦のために始まったダンスは、いつしかそこに集まったすべての人たちの時間へと変わっていった。
先ほどまであちらこちらから聞こえていた会話も、今は楽団の音楽と笑い声の中へ溶け込んでいる。
キャンディはテリィと踊りながら、その様子をうれしそうに眺めていた。
「みんな踊り始めたわ。なんだか楽しいわね」
「楽しいことはいいんじゃないか?」
キャンディは笑った。
今日一日、何度も胸がいっぱいになった。
そのときテリィの肩越しに何かを見つけ、キャンディの目が大きくなった。
「……テリィ。ちょっと、あそこ見て」
「どこ?」
「大叔母さま」
壁際の席に、エルロイがいた。
先ほどから周囲の賑わいを眺めていたエルロイの前に、一人の老紳士が立っている。
劇団を長年支えてきた後援者の一人だった。
白髪をきれいに撫でつけ、年齢を感じさせないほど背筋を伸ばした紳士である。
その男が胸に片手を添え、エルロイへ丁寧に頭を下げ、手を差し出していた。
「もしよろしければ、一曲お相手いただけませんかな」
エルロイは、差し出された手を見た。
「……私に?」
老紳士は微笑んだ。
「もちろんです。あなた以外に、どなたがおられます?」
キャンディは思わずテリィの腕に力を入れた。
エルロイは老紳士の顔を見て、それからもう一度、差し出された手を見る。
「……一曲だけ、お付き合いを」
「わかりました、喜んで」
エルロイが立ち上がった。老紳士に手を取られ、ゆっくりとフロアへ出てくると、背筋を伸ばし、相手の動きに合わせて軽やかに足を運んでいる。
いつもの厳格な表情も、今はほんの少しやわらいでいた。老紳士が何か言い、エルロイが答える。そして笑った。
キャンディは目を見張った。
「大叔母さまが笑ってる……」
「笑うことくらいあるだろ」
「あるけど、あんな顔……」
ちょうどそのとき、踊りながら近くまで来たエルロイが、ちらりとキャンディを見た。
キャンディは慌てて口を閉じた。
「……聞こえたかしら」
「さあな」
エルロイは何も言わず、そのまま老紳士と通り過ぎていった。けれど口元には、まだかすかな笑みが残っていた。
やがて一曲が終わった。
テリィとキャンディはいったんフロアを離れ、給仕から飲み物を受け取った。
その間に次の曲が始まっている。今度はキャンディが、別の場所の賑わいに気づいた。見ると、アルバートが4、5人の女性に囲まれていた。
劇団関係者の夫人もいるが、若い女優も二人ほど混じっている。
その中の一人が笑顔で何かを言うと、アルバートが少し困ったような顔をした。
やがて女性が手を差し出した。アルバートは一瞬ためらったものの、断る理由もなかったのだろう。その手を取り、フロアへ出ていった。
キャンディは目を丸くした。
「アルバートさん、誘われてたのね」
「そうみたいだな」
「きれいな人たちは女優さんよね」
「ああ、そうだ」
キャンディはアルバートを目で追った。
正装したアルバートは、普段以上に目を引いた。
長身で、動きにも余裕がある。女性をリードする姿も自然で、華やかな俳優たちの中にいてもまったく見劣りしない。
しかも、踊っているアルバートを待つように見ている女性が、もう一人いる。
さらにその向こうにも。
「……テリィ。アルバートさんって、もしかして……モテるの?」
テリィがキャンディを見た。
「今さら気づいたのか?」
「え?」
「あの人、かなりモテるぞ」
「そうなの?」
「顔見れば分かるだろ」
キャンディはもう一度アルバートを見る。
「おい」
「何?」
「今気づくなよ」
「だって、アルバートさんはアルバートさんだもの」
「意味分からない」
テリィは呆れたように笑った。
アルバートが一曲を終える。すると、先ほど待っていた別の女性がすぐに近づいた。
キャンディはますます目を丸くした。
「また誘われた!」
「実況しなくていい」
「だって!」
キャンディが楽しそうに笑う。
その頃、フロアから少し離れた場所では、一人だけ、その楽しげな空気に乗り切れていない女性がいた。イライザだった。
ヴィクターとの一件から、まだそれほど時間は経っていない。思い出すだけでも腹立たしい。
せっかく向こうから声をかけてきたというのに、結局ヴィクターが知りたかったのはキャンディのことだった。
けれど、いつまでもそんな男のことで気分を悪くしているイライザではなかった。
会場には俳優が大勢いる。ヴィクター・ラングフォードだけが男ではないのだ。そう思って顔を上げる。
ちょうど目に入ったのは、ケビンだった。“テリュース”と同じ劇団の主要俳優。
ヴィクターほど自分の好みではないけれど、舞台では重要な役を演じていることぐらい知っている。
――まあ、悪くないわ。
イライザはグラスを置いた。
少し近くへ行けば、向こうから声をかけてくるかもしれない。そう考えて一歩踏み出そうとした、そのときだった。
ケビンが誰かの前に立った。
「パティさん」
パティが自分を指さした。
「私?」
ケビンが手を差し出す。
「一曲どう?」
「でも私、あまり上手じゃ……」
「大丈夫。俺だって人に見せられるほど上手くない」
パティが笑った。そして少し迷ったあと、差し出された手を取った。
「じゃあ、一曲だけ」
二人がフロアへ出ていく。
イライザの足が止まった。しばらく、その後ろ姿を見ていた。
――別にいいわ。
ケビンでなければならない理由などない。
イライザはすぐに次を探した。そして、マイケルを見つける。
――そうよ。マイケルがいるじゃない。
ヴィクターやテリュースほど派手ではないが、劇団ではケビンと同じように主要な役を任されている。
先ほどの即興芝居でも、後援者たちがずいぶん感心していた。
落ち着いているし、品もある。むしろこちらの方がいいかもしれない。
気を取り直して、イライザがそちらへ向かおうとする。ところが。