食事がひと段落した頃、キャンディはようやく席を立った。
披露宴が始まってからも、次々と声をかけられ、ゆっくり話すことのできない人が何人もいた。
その中でも、どうしてもきちんと挨拶をしておきたい人がいる。
キャンディは会場を見渡し、少し離れた席にエルロイの姿を見つけた。
「テリィ、ちょっと行ってくるわ」
「ああ」
キャンディが誰のところへ向かうのか分かったのだろう。テリィはそれ以上尋ねず、送り出した。
「大叔母さま」
声をかけると、エルロイが振り向いた。
「ああキャンディス」
いつもの、少し厳しい顔だった。
その顔を見ただけで、キャンディは少し緊張した。
「今日は来てくださって、本当にありがとうございます」
そう言って頭を下げる。
「昨日も同じホテルにいらしたのに、ちゃんとご挨拶もできなくて……」
「仕方がないでしょう。あなたにはあなたの支度があったのですから。私にもありました」
「でも……」
「結婚式を迎える花嫁が、前日にホテル中を歩き回って挨拶をしていたら、それこそ落ち着きがありませんよ」
「はい……」
思わず昔のような返事になり、エルロイは小さく息をついた。
けれどキャンディは、すぐに顔を上げた。
「それでも、うれしかったんです」
「何がです?」
「大叔母さまが、来てくださったことが」
エルロイは黙ってキャンディを見た。
「アルバートさんから聞きました。大叔母さまが、ご自分で参列すると決めてくださったって」
「ええ。そうです」
「だから……本当に、ありがとうございます」
キャンディがもう一度頭を下げようとすると、
「キャンディス」
エルロイの声がそれを止めた。
「何か勘違いをしているようですけれど」
「え?」
「私は、あなたを喜ばせるためにニューヨークまで来たのではありません」
キャンディが目を瞬いた。
やはりいつもの大叔母さまだ。
エルロイは背筋を伸ばしたまま続けた。
「グランチェスター公爵家は、この婚姻に際して、家督を継がれるご子息を英国から参列させています」
キャンディは少し離れたところにいるジョージへ目を向けた。
「アードレー家も英国に由来を持つ家です。先方がそこまでの礼を尽くしてくださる以上、こちらがウィリアム一人にすべてを任せるというのは、私には適切とは思えませんでした」
「それで……」
「ええ」
エルロイはきっぱりと言った。
「アードレー家として、グランチェスター公爵家に相応の礼を返すためです。私が参列すると決めたのも、私自身の判断です」
いかにもエルロイらしい、隙のない答えだった。
キャンディはしばらく黙っていた。けれど、やがてふっと笑った。
「何です、その顔は」
「なんでもありません」
「何でもない顔ではありませんが」
「だって……大叔母さまらしいなって思っただけです」
「キャンディス」
たしなめる声が飛んでくる。けれど今日は、それさえうれしかった。
ラガン家に奉公へ出たばかりの頃から、何度この声に叱られてきただろう。
礼儀がなっていない。もっと慎みを持ちなさい。いつも厳しかった。
今だって、きっと変わっていない。
それでも今日、その人がここにいる。
遠いシカゴからニューヨークまで来て、教会の席に座り、自分とテリィが誓いを交わすところを見届けてくれた。
理由が何であっても、その事実だけでキャンディには十分だった。
キャンディが言った。
「それでも、私はうれしいです」
エルロイがわずかに眉を寄せる。
「だから、お礼を言わせてください。ありがとうございます」
エルロイは何も言わなかった。
少しして、エルロイがキャンディの姿を上から下まで眺めた。
「それより」
「はい?」
「いつまでここにいるつもりです?」
「え?」
「今日はあなたの披露宴でしょう。私一人にいつまでも構っていないで、ほかの方々にもお顔を見せていらっしゃい」
「あ……はい」
キャンディが笑う。
「じゃあ、大叔母さま。またあとで」
そう言って戻りかけたときだった。
「キャンディス」
呼び止められ、振り返る。
エルロイは相変わらず厳しい顔をしていた。
一瞬、何か言おうとしたように見えた。
けれど――。
「……姿勢」
「え?」
「花嫁がそんな歩き方をするものではありません。背筋を伸ばしなさい」
キャンディは目を丸くした。
そして、笑った。
「はい、大叔母さま」
今度は背筋をぴんと伸ばし、歩き出す。
エルロイはその後ろ姿を見送った。
やがてキャンディはテリュースのところへ戻っていった。
青年が何か尋ねる。キャンディが答える。
そして二人でこちらを見る。
エルロイは何事もなかったように視線を逸らし、グラスへ手を伸ばした。
――まったく。
結婚したというのに、まだまだだ。
そう思った。
けれど、ほんのわずかに上がったその口元に気づく者は、誰もいなかった。