給仕がテリィとキャンディの席までやってくると、丁寧に一礼した。

「奥さま、お願いいたします。ケーキに最初のナイフを」

そして給仕に案内され、ケーキの前へ向かった。

拍手が起こる。アニーとパティもうれしそうに手を叩いている。

「ここへお願いいたします」

キャンディは示された場所へナイフを入れると、拍手が一段と大きくなる。

その音の中でキャンディが振り返ると、テリィも拍手をし、目が合うと頷き返した。

ケーキは切り分けられ、それぞれの席へ運ばれていく。

キャンディが席へ戻る頃には、会場も再び思い思いの会話に戻り始めていた。

「きれいなケーキだったわ。切るのがもったいなかった」

キャンディの言葉にテリィが頷き笑った。

その頃、会場の反対側では、イライザにもケーキが運ばれていた。

だが、ほとんど手をつず、視線は別の場所にあった。

「どうしたのイライザ、食べないの?これ、おいしいわよ」

ラガン夫人が言う。

「これから食べるわ」

「あなたさっきから、何を見ているの?あまりキョロキョロしていると、品がないと思われるわ。アードレー家の一員としてここにいるのですから、それなりに務めないと」

イライザは母ラガン夫人に窘められる。

「いえ……そういうわけでは……」

イライザは慌てて笑顔を作り、すましてケーキを口にして顔を上げると、なんとそのとき、ヴィクターがこちらへ顔を向けた。

イライザの表情が一瞬で変わる。

ヴィクターは彼女に気づいたらしく、軽く会釈した。

イライザも微笑み返す。

ヴィクターはそのまま近くにいた別の招待客と話し始めた。

「……私に挨拶した?」

「え?どうかしたの?」

「いえ、なんでもないですわ」

慌てて否定して、何食わぬ顔でケーキを再び口にするが、イライザの心臓の音は大きく跳ねていた。

ちなみにヴィクターは、たまたま目が合った新婦側の親戚に会釈をしただけであり、社交辞令である。

そして、少し離れたところに、エヴリンがいた。

運ばれてきたケーキには、手をつけず、視線はテリィを追っていた。

正確には――テリィと、その隣にいる新婦に。

テリィが新婦に何かを言うと、新婦が言い返し、それにテリィが笑っている。

華やかな披露宴の中心にいる二人なのに、その間にあるものだけは驚くほど普通で、長く一緒にいる人間にしか生まれない空気をエヴリンは感じ取っていた。

舞台で何度もテリィと向き合った。ロミオとして見つめられ、その腕の中にも入った。

あの瞳に本当に愛されているような錯覚さえ覚えた。

けれど、あれは現実ではなく、芝居だったのだと突きつけられた。

エヴリンは静かに息を吐いた。

テリィへの届かぬ想い、失った恋をもう痛くない、と言えば嘘になる。

それでも以前とは違い、自分が入る場所ではもともとなかったのだと、今なら少しずつ受け入れられる。

エヴリンはようやくフォークを取ったそのときだった。

新婦がこちらを向いた。エヴリンの手が止まる。ほんの一瞬、視線が重なった。

新婦は穏やかに微笑み、軽く会釈した。

新婦として招待客へ向けた、ごく自然な挨拶だった。

エヴリンも反射的に微笑み返す。

そして新婦はすぐに、隣から話しかけてきたテリィへ顔を戻した。

エヴリンはその横顔を見ながら、なぜか妙な感覚を覚えた。

――どこかで会った気がする。

そして、それはすぐに確信に変わる。

あの日、街角で自分を助けてくれた女性だ。

初めて会った相手なのに、なぜか自分はその人に恋の話をした。

好きな人に想いが届かなくて泣いてしまったこと。その人には、ずっと心に決めた女性がいること。

その人をどうして好きになったのか、今も忘れられなくて苦しいこと、そんなことまで話してしまった。

そして、女性も自分の経験を話してくれた。

離れていても消えなかった想い、誰かを愛するということ、相手の気持ちを自分の望む形へ変えるのではなく、その人が選ぶ幸せを受け止めること……

キャンディス……その女性はそう名乗った。

「まさか……」

声にならない声が出た。

エヴリンは、あの日のことを思い出すと、目の前にいる花嫁があの日の女性と結びついた。


会場の空気はさらに和らぎ、席を立って別のテーブルへ挨拶に行く者も出始めている。

食事を中心とした正式な時間から、少しずつ人と人が自由に言葉を交わす時間へ移り始めていた。

給仕たちが、細身のグラスを整え始め、一本、また一本とシャンパンの栓が抜かれていく。

乾いた音が会場のあちらこちらで小さく響き、グラスに淡い金色の酒が注がれていく。

「そろそろトーストだな」

ケビンが自分の上着を軽く整える。

ここでいう〝トースト〟英語の toast には、誰かの幸福や健康を願い、祝いの言葉とともに杯を掲げる〝祝杯〟という意味がある。

結婚披露の席では、新郎新婦に祝福の言葉を贈り、その幸福を願って皆がグラスを掲げる祝いの習慣だった。

その役目を担う者としてふさわしい一人が、新郎の最も近くにいるベストマンで、ケビンだった。

それまで自由に交わされていた会話が、少しずつ静かになっていく。

やがてケビンがシャンパンのグラスを手に席を立った。

披露宴に集まった人々の視線が、一人の男へ集まっていく。

ケビンはしばらく会場を見渡した。

そして最後に、テリィを見た。

ケビンの表情から、いつもの悪戯っぽさが少しだけ消えた。

長い間、同じ舞台に立ってきた男。

うまくいっていた時ばかりではなく、役を争ったこともあり、意見がぶつかったこともある。

舞台の上でも、舞台を降りてからも、何度となくその背中を見てきた。

ケビンは静かにグラスを掲げた。

「さて――」

会場が静まる。

ケビンのトーストが、始まろうとしていた。