「……あの方は」
男はもう一度、確かめるようにアルバートを見た。
「ウィリアム・アルバート・アードレーでは?」
隣にいた男も、つられるように視線を向ける。
アルバートは少し離れた席で、エルロイと話していた。
「ご存じなんですか?」
「知っているも何も……アードレー家の総長ですよ」
「総長?」
声がわずかに大きくなった。
「ええ。ウィリアム・アルバート・アードレー。現在のアードレー家を率いている人物です」
男は驚いたようにアルバートを見た。
「ずいぶんお若い。では、どうして新婦側の……」
そこまで言って、男が口を閉じた。そして今度はキャンディを見る。
「確か、新婦の名前は――」
「キャンディス・ホワイト・アードレー……でした」
二人の視線が再びアルバートへ向いた。
少し前には、英国から来たジョージとローレッタをきっかけに、テリィの家についての話が広がった。
今度は新婦側。ひとつの結婚によって、それまで接点のなかった人々が同じ場所に集まる。
それもまた、披露宴という祝いの席が持つ役割のひとつだった。互いの家族が紹介され、友人が友人を知る。仕事上の仲間が、それまで知らなかった新郎新婦の一面を知る。今日もまさに、それが起きていた。
別の席では、劇団の若い俳優が、マイケルに尋ねていた。
「……テリュースさんの方は英国の公爵家で、新婦はアードレー家ですか?」
「まあ、そういうことになるな」
「とんでもない結婚じゃないですか?!」
その言葉が聞こえたのか、近くにいたケビンが振り向いた。
「何が、とんでもないって?」
「だってそうでしょ?!英国の公爵家とアメリカのアードレー家ですよ」
ケビンは一度テリィとキャンディの方を見て笑った。
「それ、本人たちに言ってみろよ」
「何と言うんですか?」
「とんでもない結婚ですね、って」
「いや、それは……」
「たぶん二人とも、何のことだって顔するぞ」
マイケルも笑った。
「間違いない」
男は分からないという顔をした。
食事が進むにつれ、最初の緊張もずいぶん解けていた。料理が下げられ、新しい皿が運ばれ、給仕がワインを注ぐ。あちらこちらで会話が弾み、時折大きな笑い声が上がる。
キャンディは少し離れた席にいるアルバートを見た。誰かに声をかけられたらしく、立ち上がって握手をしている。
「アルバートさん、忙しそう」
テリィもそちらを見る。
「きみより挨拶してるんじゃないか?」
「そうかも」
「誰の披露宴なんだか」
キャンディが笑った。
「確かにそうね。でも仕方ないわよ。アルバートさんだもの」
テリィは何も言わなかったが、その意味は分かっていた。
この披露宴について、アルバートが劇団に代わり動いてくれた。ホテルの手配から招待客への対応まで、実際に取りまとめたのは秘書だが、それはアルバートの指示だった。
するとそこへ、一人の年配の男性が近づいてきた。劇団の後援者の一人だった。
「グレアム君」
「はい」
テリィが立ち上がる。キャンディも続こうとすると、男が笑った。
「いやいや、そのままで。今日はお二人が主役なんだから」
そう言ってから、キャンディを見る。
「改めてお祝いを申し上げます、ミセス・グランチェスター……でよろしいかな?」
キャンディは一瞬、目を丸くした。今日になって初めて呼ばれる名前だった。
「……はい。ありがとうございます」
男は穏やかに笑った。
「先ほど知りましてね。あなたがアードレー家のお嬢さんだったとは」
キャンディは少し困ったように笑った。男は頷いた。
「ウィリアム・アードレー氏が養父でいらっしゃるとか」
「はい」
「なるほど。英国のグランチェスター家と、アメリカのアードレー家ですか。これはずいぶん華やかなご縁だ」
キャンディがきょとんとした。隣のテリィと黙って顔を見合わせた。男はその反応を不思議そうに見る。
「何か?」
キャンディがはにかんだ。
「いえ……そんなふうに考えたことがなかったので」
「そうなのですか?」
男は驚きを見せていた。テリィも横から言った。
「私たちが知り合った頃、彼女がアードレー家の養女だってことなんて、重要ではありませんでしたので」
キャンディがテリィを見る。
「では、グレアム君が公爵家のご子息だということも?」
「私もそこは重要ではありませんでした」
男が声を立てて笑った。
「なるほど。よく分かりました」
何が分かったのか二人には分からなかったが、男は満足そうだった。
「どうぞ末永くお幸せに」
「ありがとうございます」
男が去っていく。テリィは何か言おうとして、やめた。代わりに口元だけで笑った。
二人にはグランチェスター公爵家も、アードレー家もなかった。周囲から「名門同士の結婚」と見られることの方が、二人にはどこか可笑しかった。
その様子を少し離れたところからアーチーが見ていた。
「何を笑ってるのかしら」
隣のアニーが言った。二人を見ると、キャンディが何かを言い、テリィが言い返している。
「……変わってないな」
アーチーが呟いた。アニーがそっと隣の夫を見る。アーチーは気づいて、笑った。
一方、少し離れた席では、イライザも同じ話を耳にしていた。
「まあ、皆さん大騒ぎね」
ラガン夫人の声にイライザが言った。
「知らなかったんだから仕方ないわ」
「そうね。私たちだって、まさかキャンディスが“テリュース”と結婚するなんて知らなかったもの」
イライザは何も答えず、時々辺りを窺っていた。
すると、ヴィクターが席を立ったのが見えた。誰かに呼ばれたらしく、会場の端へ向かっている。
イライザの目がその姿を追いながら、自分も立とうとするが、ラガン夫人に話しかけられ座り直した。
やがて食事は後半へ入ると、宴会場には少しゆったりとした空気が流れ始めている。
そして、会場の一角では給仕たちがテーブルの周囲を整え、その向こうには、この日のために用意されたウェディングケーキの準備が始まっていた。
当時の結婚披露の席でウェディングケーキは、古くから祝いの意味を持ち、“花嫁が最初にナイフを入れる”こともまた、受け継がれてきた習慣のひとつだった。
このあと新婦がケーキの前に立つ頃、会場の別の場所では、今日もうひとつの小さな出会いが起ころうとしていた。