キャンディがニューヨークに移り住んで、一週間が過ぎた頃。その日のキャンディは、午後からずっとキッチンにいた。
ポニーの家にいた頃から料理はしているが、大鍋いっぱいのシチューやスープなら得意だし、あり合わせの材料でも、みんながお腹いっぱいになる料理を作ることができるけれど今日は、いつもとは少し違った。
キッチンのテーブルには、ニューヨークで買った料理本が開かれている。
キャンディが挑戦していたのは、チキン・ア・ラ・キング。
鶏肉やマッシュルームをクリームソースで煮込んだ料理だった。
テリィはずっと都会で暮らしてきた人だ。たまには、こういう料理を作ったら喜んでくれるかもしれない。
そう思ったのだが――。
「……どうしてこうなっちゃったのかしら」
キャンディは鍋を前に、がっくりと肩を落とした。
料理本の写真とは、何かが違うし、ソースは妙に重たいし、味見をしてみても、何かが足りないような、逆に何かが多すぎるような……。
でも、決して食べられないわけではない。けれど、自信を持ってテリィに出せる出来でもなかった。
そのとき、玄関の扉が開く音がした。
「ただいま」
「テリィ!?」
思っていたより早い帰宅。
キャンディが慌てて料理本を閉じようとしたときには、もう遅かった。
「なんか、いい匂いするな」
匂いにつられたテリィが、そのままキッチンへやってくる。
テリィは鍋を覗き込み、そばにあったスプーンを手に取った。
「待って、テリィ! これは――」
ぱくり。
キャンディの制止より、一瞬早かった。
テリィの動きが止まる。
「……」
「だからダメって言ったのに」
キャンディが恨めしそうに見つめる。
テリィはもう一度、口の中の味を確かめるような顔をした。
「チキン・ア・ラ・キング……だよな?」
「そうなんだけど……おいしくないでしょう?」
テリィは答えに困った。
正直に言えば――微妙だった。
まずくて食べられないほどではないが、おいしいかと聞かれれば、素直に頷くのは難しい。
キャンディはため息をついた。
「もういいわ。今日はシチューにする。シチューなら失敗しないもの」
そう言って鍋を片づけようとしたとき、テリィはふとキッチンを見回した。
開いた料理本、使ったままのボウル、いくつもの調味料。味見に使ったらしい小さなスプーン。
悪戦苦闘したことが、一目で分かった。
いつものキャンディなら、もっと手際よく料理をする。それなのに、わざわざ料理本まで買って、慣れない料理に挑戦した。
「これ、どうして作ろうと思ったんだ?きみなら、もっと得意な料理があるだろ」
キャンディは少し言いにくそうに視線を逸らした。
「だって……」
「うん?」
「テリィは都会でずっと暮らしてきたでしょう? だから、こういう料理のほうが好きなのかなって」
テリィは黙った。
「いつもシチューやスープじゃ飽きるかもしれないし……たまには違うものを作ってあげたかったの」
その言葉を聞いた途端、胸の奥に何かが込み上げた。
自分がいない間、キャンディが料理本とにらめっこしながら、あれこれ試していたのだろう。
全部、自分のために。
そう思ったら、たまらなく愛しくなった。
テリィはキャンディの腕を取り、ふいに自分のほうへ引き寄せた。
「きゃっ……テリィ?」
そのまま、そっと抱きしめる。
「どうしたの?」
突然のことに、キャンディが胸元から顔を上げる。
テリィは少し笑った。
「俺のために作ろうって思ってくれたんだろ」
「……うん」
「うれしいよ、すごく」
あまりにもまっすぐな言葉に、キャンディは目を瞬いた。
「……おいしくないのよ?」
テリィが笑う。
「料理の話じゃない」
抱く腕に、ほんの少しだけ力を込めた。
「俺のために何かしてやろうって、きみが考えてくれたこと」
キャンディはしばらく何も言わなかった。
やがて、照れたようにテリィの胸へ頬を寄せる。
「……次は、ちゃんとおいしく作るわ」
「ああ」
「絶対よ」
「期待してる」
少しして腕をほどくと、テリィはもう一度スプーンを手に取った。
「じゃあ、食べよう」
キャンディが慌てて顔を上げる。
「これを?」
「これを」
「でも無理しなくていいのよ?」
「せっかく俺のために作ったんだろ」
そう言って、もう一口。
やっぱり――味は微妙だった。
テリィの眉が、ほんのわずかに動く。
それをキャンディは見逃さなかった。
「ほら! やっぱりおいしくないんじゃない!」
「食べられないとは言ってない」
「もう!」
キャンディが頬を膨らませる。
テリィは笑いながら皿を取り出した。
その夜、少し失敗したチキン・ア・ラ・キングは、そのまま二人の夕食になった。
そしてテリィは……
最後まで、一口も残さなかった。