最初の料理が運ばれると、会場は再び賑やかな話し声に包まれた。
給仕たちは決められた順にテーブルを回り、皿を置いていく。白いクロスの上では銀器が淡い光を返し、あちらこちらでグラスが持ち上げられていた。
正式なウェディング・ブレックファストでは、食事そのものも披露宴の大切な時間だった。
決められた席を囲みながら、新郎新婦の家族や友人、仕事上の知人たちが言葉を交わす。普段なら接点のない者同士が紹介され、ひとつの結婚をきっかけに新しい縁が生まれる。
今日の宴も、そうだった。劇団の人間とアードレー家の人々、キャンディの古くからの友人たち、英国からやってきたテリィの弟と妹。
それぞれ違う場所から来た人々が、ひとつの会場で同じ食卓を囲んでいた。
「英国のグランチェスター家をご存じですか?」
先ほどジョージとローレッタに挨拶した劇団経営陣の男が、隣席の年配の男性へ尋ねていた。
聞かれた男は、手にしていたグラスを置いた。
劇団を長く支援している後援者の一人だった。仕事柄、何度も英国へ渡ったことがある。
「グランチェスター?もちろん知っていますが」
男は何気なく答えてから、少し不思議そうな顔をした。
「それがどうして?」
「いや……」
経営陣の男が声を落とす。
「先ほど、テリュースの弟さんと妹さんを紹介してもらったとき……」
「ああ。英国からいらしたそうですね」
「二人ともグランチェスターと名乗ったんだが」
年配の男の表情が止まった。視線が、ゆっくりと会場の向こうへ向けられる。
ジョージとその隣にはローレッタ。少し離れた席にはテリィ。三人を順に見てから、男は尋ねた。
「……ご実家について、彼から聞いたことは?」
「ほとんどない」
「それは私もないな」
二人の間に短い沈黙が落ちた。
「まさか」
男が呟いた。
「何です?」
「いや……同じ姓というだけかもしれない」
そう言いながらも、もう一度テリィを見る。
舞台の上では何度も見てきた。
劇団の集まりでも会っているが、彼の家族について詳しく聞いたことは一度もなかった。
英国生まれ。それくらいしか知らない。
「グランチェスター公爵家か……」
そこで男は言葉を止めた。
「公爵家?」
経営陣の男が聞き返した。
「声が大きい」
男がたしなめる。二人は同時に周囲を見た。幸い、ほかの客はそれぞれの会話に夢中になっている。
その頃、当のテリィはそんな話がされていることなど知らず、隣のキャンディを見ていた。
キャンディは目の前に並べられた銀器を見て、なにか考えていることにテリィが気づいた。
「何してるんだ?」
「何もしてないわ」
「してるだろ」
「してない」
「さっきからフォークばっかり見てる」
キャンディは少しだけテリィへ顔を寄せた。
「……久しぶりすぎて」
テリィがクスッと笑う。
「外側から使えばいいんだよ」
「それくらい知ってるわよ」
「じゃあ何が問題なんだ」
「緊張してるの」
「そうか?」
「心臓が飛び出しそうだったんだから」
「全然そう見えなかった」
「だって、あなたしか見てなかったもの……」
言って恥ずかしくなったキャンディは慌てて料理へ視線を戻した。
テリィの口元には、しばらく笑みが残っていた。
料理が下げられ、次の皿が運ばれてくる。
会場のあちこちで会話の相手も少しずつ変わっていた。劇団の同僚俳優が、ケビンに尋ねた。
「テリィに弟と妹がいたなんて知ってたのか?」
「少し前に教わった」
ケビンは料理を口へ運びながら答える。
「英国からわざわざ結婚式のために来たんだろ?」
「ああ」
「テリュースの家って、何してる家なんだ?」
ケビンの手が止まった。
「それは聞いてないな」
ところが、その小さな疑問は別の場所でも生まれていた。
「グランチェスター……」
劇団の後援者の女性が呟いた。
「どこかで聞いた名前ね」
「英国の家名じゃない?」
「だって、テリュースは英国人でしょう?」
「ええ。でもニューヨーク生まれでもあるわ」
会話はそこで途切れる。確かなことを知る者はいない。
ただ、誰かが疑問を口にすると、それまで気にも留めていなかった者まで気になり始める。
やがて、先ほどの年配の後援者が席を立った。向かった先は、ジョージのところだった。
「お食事中に失礼」
声をかけられ、ジョージが顔を上げる。
「きちんとご挨拶させてもらいたいと思いまして」
名乗り、握手を交わし、ローレッタにも挨拶をする。そして、ごく自然な調子で尋ねた。
「ニューヨークはいかがです?」
「初めてですが、とても興味深い街です」
ジョージが答える。
「英国からの船旅は大変だったでしょう」
「少し長かったですが」
「どちらから?」
ジョージは港の名を答えた。男は頷く。
しばらく当たり障りのない話が続いた。そして男が言った。
「失礼ですが。グランチェスターというお名前を伺って、少し気になりまして」
ジョージが相手を見る。
「もしや、グランチェスター公爵家の方では?」
ローレッタの視線がジョージへ向いた。ジョージは一瞬だけ黙った。だが隠す理由はない。
兄が家のことを話していないらしいことは、この数日で何となく分かっていた。
けれど、自分が嘘をつくことでもない。