静かに答えた。

「父が現グランチェスター公爵です」

男の目がわずかに見開かれた。

「やはり……」

その声は大きくなかった。だが、すぐ近くにいた数人には聞こえた。

「では」

男が言いかけ、その視線がテリィへ向いた。

ジョージもつられて兄を見る。

そこで初めて、相手が何を知りたがっているのか分かった。

「テリュースは、私の兄です」

ほんのわずか周囲の空気が変わった。

「……お兄さま?」

近くにいた女性が思わず聞き返した。

ジョージがそちらを見る。

「はい」

「では、グレアムさんは……」

言葉の先を誰も口にしない。だが答えは明らかだった。

舞台の上でロミオを演じ、ハムレットを演じ、ニューヨークの観客を熱狂させてきた俳優。

その男が英国公爵家の長男だということを、ここで初めて知った。

驚きは大きな声にはならなかった。

格式ある祝いの席である。誰も露骨に騒ぎ立てたりはしない。

それでも話は、静かに隣へ伝わった。

「ご存じだった?」

「いいえ」

「グランチェスター公爵家ですって」

「まさか」

「弟さんがおっしゃったそうよ」

小さな声が、テーブルからテーブルへと渡っていく。

まるで水面に落ちた一滴から、輪が少しずつ広がっていくようだった。

「……何だ?」

テリィが顔を上げた。キャンディも気づいた。

さっきから、こちらを見る人が増えている。

本日の主役であるテリィが人に見られること自体は不思議ではない。

だが、それとは少し違う。

「テリィ」

「ん?」

「なんだかみんな、あなたのこと見てない?」

キャンディが周囲を見回す。

そのとき、向こうの席にいるジョージと目が合った。

ジョージが少し困ったような顔をした。

テリィの眉が動く。

「……あいつが何か言ったみたいだ」

「ジョージさんが?」

「たぶん」

そこへケビンがやってきた。

「テリィ。弟君が、尋ねられて英国貴族だと答えたそうだ」

テリィはジョージを見る。

ちょうどジョージと目が合う。

ジョージが申し訳なさそうに、ほんの少し肩をすくめた。

テリィは小さく息を吐いた。

怒ることでもない。そもそも隠していたわけでもない。

ただ、自分から話す必要がなかっただけだ。

「別にいいさ」

そう言って、テリィはグラスを取った。

「本当のことなんだから」

ほんのわずかに、テリィの表情が緩んだ。

キャンディはそれを見て微笑んだ。

一方、少し離れた席では、イライザもその話を耳にしていた。

「今さら何を驚いているのかしら」

小さく言う。ラガン夫人が振り向く。

「何のこと?」

「テリィの家のことよ。学院にいた人間なら知ってますわ」

劇団関係者たちが、ちらちらとテリィを見ている。

「でも、こっちじゃ知られてなかったというわけね」

イライザの視線がテリィへ向かう。

イライザもまたセントポール学院にいた頃から、テリィが英国の名門グランチェスター家の息子だということは知っている。

名門の家を捨てアメリカへ渡り、俳優になった男は今日、あのキャンディと結婚したのだ。

イライザの口元から笑みが消えた。小さな嫉妬が浮かぶ。けれど次の瞬間。

会場の向こうを歩いていくヴィクターの姿が目に入ると、視線はあっさりそちらへ移った。

食事はまだ続いている。

給仕たちが空いた皿を下げ、新しい料理を運んでくる。

何事もなかったように、宴は進んでいく。

けれど、少し前とは確実に何かが違っていた。

それまで招待客の多くにとって、テリィはストラスフォード劇団を代表する人気俳優の一人だった。

それが今、その名前の向こうに、誰も知らなかったもう一つの世界が見え始めている。

グランチェスター公爵家、英国から来た弟と妹、そして、その長男であるテリィ。

だが本人は、そんな周囲のざわめきなど気にする様子もなく、キャンディに言った。

「ついてるよ」

「ほんと?」

「口が」

キャンディがむっとする。

「もう、テリィ!」

テリィが笑った。

少し離れたところで、その様子を見ていた劇団の若い俳優がぽつりと言った。

「……公爵家の長男には見えないですよね」

隣にいたマイケルがグラスを置いた。

「別にそれでいいんじゃないか?」

「え?」

マイケルはテリィを見る。

「ここでは、ずっとテリィなんだから」

男もその視線を追った。

そこにいるのは、いつもの男だった。

稽古では容赦がなく、舞台のことになると頑固。

家が何であろうと、それは何も変わらない。

「……そうですね」

男は笑った。

その頃、今度は会場の別の場所で、別の名前が小さく話題になり始めていた。

「新婦のお父上は、あちらの方ですか?」

ある招待客が尋ねた。視線の先にはアルバートがいる。

「いや。確か養父だったはずだ」

「養父?」

「アードレー家の……」

そこまで言ったところで、別の男がアルバートの顔を見た。そして驚いたように目を細める。

「待ってください」

「どうしました?」

「……あの方は」

男はもう一度、確かめるようにアルバートを見る。

「ウィリアム・アルバート・アードレーでは?」

今度は花嫁の側へ、小さな波紋が広がり始めていた。