教会での挙式を終えた招待客たちは、披露宴が催されるホテルへと場所を移していた。
ホテルの正面には次々と車が到着し、正装した男女が案内を受けながら中へ入っていく。
教会にいた顔もあれば、そこで姿を見なかった者たちもいる。
挙式に招かれたのは、家族とごく親しい友人たち、劇団の関係者、後援者、スポンサーなどだ。
当時のニューヨークでは、教会で結婚の誓いを交わしたあと、ホテルや邸宅などに場所を移し、親族や友人、仕事上の関係者を招いて結婚を披露することがあった。
立ったまま飲み物や軽食を楽しむレセプションもあれば、席について食事をともにする、より格式のあるウェディング・ブレックファストもある。
ちなみに〝ブレックファスト〟と呼ばれてはいるが、朝食という意味ではなく、挙式後に催される祝いの食事を、時間にかかわらずそう呼ぶ古くからの習慣が残っていた。
テリィとキャンディのために用意されたのは、その着席形式の披露宴だった。
ホテルの宴会場には白いクロスの掛けられたテーブルが並び、磨き上げられた銀器とグラスが整然と置かれている。
花は教会と同じく白を基調にまとめられていたが、アードレー家のパーティーという名目で準備されていたため、祭壇の前にあった静かな美しさとは違い、こちらはずっと華やかなものになっていた。
給仕たちが最後の確認をしながら、音もなくテーブルの間を行き交っている。
すでに招待客が集まっていた。
ストラスフォード劇団からは、挙式にも参列した団長や経営陣、演出家、脚本家たちのほか、テリィと長く舞台をともにしてきた俳優たち。
劇団を支えるスポンサーや後援者の面々。
『ロミオとジュリエット』でジュリエットを演じたエヴリン・ハートも、その中にいた。
ヴィクター・ラングフォードは、先ほどから何人もの招待客につかまり、挨拶を交わしたり、サインを求められていた。
そして、その姿を少し離れた場所から見ている女性がいた。
イライザだった。
「……イライザ、あなたさっきから誰を探しているの?」
隣にいるラガン夫人が尋ねた。
「何でもありませんわ。ただ、劇団の方々もいるせいか、華やかな披露宴と思いまして」
答えながらも、イライザの視線はヴィクターを探していた。
一方、会場の別の場所にはアーチーとアニー、パティがいた。
その近くにはエルロイ大叔母さまと招待客の挨拶を受けているアルバートの姿もある。
だが、その中に、若い二人の男女の姿があった。
その男女は、ジョージとローレッタ。テリィの異母弟と妹だった。
英国から兄の結婚式のために海を渡ってきた二人のことは、劇団ではケビンとマイケルはすでに聞いていたが、それ以上のことを知っている者はいなかった。
そのとき、会場の入口付近が少し騒がしくなった。
人々の話し声が、ひとつ、またひとつと途切れていく。
扉が開かれ、テリィとキャンディが姿を現したのだ。
拍手が起こり、最初は入口近くから、それが波のように会場全体へ広がっていく。
キャンディは一瞬、足を止めそうになった。
思っていたより大勢の人が自分たちのために集まっていることを、会場へ入って初めて知った。
「……こんなにたくさんの人が」
思わず小さく呟いて、隣のテリィを見上げると、テリィが小さく笑った。
二人が腕を組み、会場の中へ進むとすぐに何人もの人から声をかけられた。
「おめでとう、テリュース」
「ありがとうございます」
「こちらが?」
キャンディに視線が向けられ、テリィが自然に答えた。
「はい。妻のキャンディスです」
キャンディの胸が、わずかに鳴った。
ほんの数時間前までは、自分を表す言葉ではなかった。
「キャンディス・ホワイト・アードレーです。本日はありがとうございます」
差し出された手を取りながら挨拶をする。
同じことを何度か繰り返しているうちに、少しずつ緊張も解けていった。
テリィがジョージたちに何かを話しかけ、キャンディはローレッタの手を取り、笑顔でお礼を伝えている。そのとき、
「テリュース君」
後ろから声がして振り向くと、劇団の経営陣の一人が立っていた。
「紹介してくれないか。挙式から気になっていたんだ」
視線の先にいるのは、ジョージとローレッタだった。テリィは二人を見る。
「弟のジョージと、妹のローレッタです。英国から来てくれました」
「弟さんと妹さんか。それは遠いところを」
男は驚いたように二人を見た。
ジョージが軽く頭を下げる。
「ジョージ・グランチェスターです」
続いてローレッタも名乗った。
「ローレッタ・グランチェスターです」
男が笑顔で応じようとして――ほんの一瞬、動きを止めた。
「……グランチェスター?」
テリィがわずかに男を見る。
「ええ」
ジョージは気づかずに答えた。
男は何かを思い出そうとするように、もう一度ジョージを見た。
だが、そのとき給仕が近づいてきた。まもなく食事の席へ案内するという。話はそこで途切れた。
男は二人に会釈すると、いったんその場を離れていった。
歩きながら、もう一度振り返る。
――グランチェスター、英国……
どこかで聞いた名だった。
やがて、招待客たちがそれぞれの席へ案内され始めた。
正式なウェディング・ブレックファストでは、席順も祝いの席を形づくる大切なもののひとつだった。
新郎新婦とその近親者、付添人たちを中心に席が整えられ、招待客はあらかじめ定められた場所へ着く。
それまで自由に言葉を交わしていた人々が、給仕の案内に従って少しずつ移動していく。
その動きにつれて、会場の景色も変わっていった。
本来なら、同じ場所に集まることなどなかったかもしれない人たちが、今日だけは同じ宴会場にいる。
給仕が椅子を引き、キャンディが席につく。隣にはすでにテリィが席についていた。
テーブルの上には、これから使われるいくつもの銀器とグラス。
キャンディはそれを眺めてから、そっと会場を見渡した。
少し離れたところのアニーと目が合うと、アニーがうれしそうに笑った。
その隣ではアーチーがこちらを見て、軽く手を挙げた。
パティも笑顔で頷いている。
さらに、アルバートもエルロイ大叔母さまも、ラガン夫人もイライザも、ジョージとローレッタもいる。劇団の仲間たちもいる。
そのさらに向こう。一人の女性がこちらを見ていたが、視線が重なりそうになった瞬間、その女性は静かにグラスへ目を落とした。
キャンディは特に気に留めることなく、テリィの方へ顔を戻した。
その女性が誰なのか。キャンディは、まだ気づいていなかった。
エヴリンもまた、キャンディと街で一度会っていることには気づいていなかった。
あの日とは、あまりにも何もかもが違っていたからだ。
やがて給仕たちが一斉に動き始め、最初の料理が運ばれてくる。
話し声、食器の触れ合う音、グラスの小さな響き。
宴会場が再び華やかなざわめきに包まれて、テリィとキャンディの披露宴が、始まった。
そしてその頃、先ほどジョージとローレッタに挨拶をした男は、自分の席で隣の人物に小声で尋ねていた。
「英国のグランチェスター家をご存じですか?」
その問いが、このあと会場の一部に小さな波紋が広がった。