オルガンの音が、一層大きく扉の向こうから聞こえた。キャンディは小さく息を吸った。
重い木の扉を隔てた向こう側に、テリィがいる。
ブーケを持つ手に、ほんの少し力が入った。
「キャンディ」
隣からアルバートの声がして、キャンディが振り向く。
「緊張してる?」
「……してる」
素直に答えると、アルバートが笑った。
「なんだか急に……心臓がすごいの」
「逃げ出したくなった?」
キャンディは目を丸くした。
「まさか!」
声が少し大きくなり、慌てて口元を押さえる。
アルバートが声を立てずに笑った。
「それなら大丈夫だ」
「もう、アルバートさん」
その言葉のおかげで、少しだけ肩の力が抜けた。
少し前方にはアニーとパティがいる。
二人とも、もういつもの友人の顔ではなく、それぞれの役目を務めるため静かに待っていた。
アニーが一度だけ振り返り、そっと微笑みあった。
やがて合図があり、最初にアニーが進み、その後ろ姿が扉の向こうへ消えていく。
次はパティ。パティも歩き出す前に一度だけキャンディを振り返った。少し緊張した顔で、それでもうれしそうに笑う。
キャンディも頷いた。そしてパティの姿も見えなくなった。
残ったのは、キャンディとアルバートだ。
オルガンの音が続いている。
扉の向こうには、たくさんの人がいる。
あと少し、あと少しでテリィに会える。
そう思った瞬間、遠い昔の景色が、不意に胸の奥からよみがえった。
追いつけるはずもない列車を、必死に追いかけた。
テリィが……テリィと一瞬でも会えた。
ようやく会えたけれど列車は止まることはなく、テリィの姿は少しずつ遠ざかっていった。
キャンディは走った。少しでも長く見ていたくて、少しでも近くにいたくて。
それが、アメリカへ戻ってから初めて見たテリィだった。
会えたのに、触れることも言葉を交わすこともできず、ただ、走り去る列車に向かって手を振るだけだった。
*
オルガンの音が、キャンディを現在へ戻した。
キャンディは瞬きをした。
あのときは、行ってしまうテリィを追いつけないとわかっていても走った。
けれど今日は――。
「キャンディ?」
アルバートが呼ぶ。キャンディは顔を上げた。
「どうした?」
「ううん。昔のこと、思い出してたの」
「そうか」
キャンディはもう一度、扉を見た。
今日はテリィは扉の向こうで、待っている。
そのことが、胸の奥へゆっくりと広がっていった。
こんな日が来るなんて、あの列車を追いかけていた少女は、きっと想像もしていなかった。
あのときは、ただ会いたかった。
一目でもいいから、名前を呼びたかった。
自分がここにいることを知ってほしかった。
キャンディは小さく息を吐いた。
さっきまでの緊張が、ほんの少し違うものへ変わっていく。
怖くない。でも胸はまだ速く打ち、手も少し震えている。
けれど、行きたい、テリィのところへ。
「アルバートさん」
「うん?」
キャンディは彼の手を見た。
「……私の両手を掴んで」
アルバートは微笑んで、キャンディと向き合う。
そして静かに手を差し出して、キャンディがそこへ手を添える。
その手は、幼い頃から何度も自分を助けてくれた人の手だった。
困ったとき、迷ったとき、いつも不思議なほど近くにいた人。
「そろそろだ、行くよ」
アルバートが言った。
キャンディは頷いた。
*
礼拝堂では、アニーが静かに通路を進んでいた。
続いてパティ。
参列者たちの視線が二人を追う。
祭壇の前に立つテリィは、それを黙って見ていた。
隣のケビンが、ほんの少し口元を緩めた。
やがてパティが所定の位置へ着くと、オルガンの響きが少し変わり、礼拝堂の空気も変わる。
閉じていた扉が、ゆっくりと開き始める。
外から光が差し込み、一瞬、眩しくてよく見えなかった。
そして――その光の中に、人影が現れた。
アルバートとその腕に手を添えている女性。
白いドレス、長いベール、ブーケ。
テリィの胸の奥で、何かが大きく鳴った。
舞台に立つ直前とも初日の幕が上がる瞬間とも違う。
どんな大役を前にしても感じたことのないものだった。
「……キャンディ」
声にはならなかった。
けれど、その名前が唇からこぼれた。
遠く離れた入口で、キャンディが顔を上げる。
そして――テリィを見つけた。
二人は目が合った。
たくさんの人がいるはずなのに、その瞬間だけは、二人の間からすべてが消えたようだった。
キャンディの表情が、ふっとほどける。
ほんの少し笑いあった。
二人の間には、まっすぐ一本の道が続いていた。
キャンディはアルバートの腕に手を添えたまま、その先を見た。
キャンディは静かに一歩を踏み出す。
テリィのいる場所へ。
同じところへ辿り着くために。