夜もずいぶん更けていた。
ホテルの部屋に静けさが戻っていた。
つい先ほどまで、アニーとパティとで明日のことを話して、昔のことを話して、三人で何度笑ったか分からない。
「明日は早いんだから、もう寝なくちゃ」
そう言ったのはアニーだったのに、そのあとも話は途切れず、結局遅くなってしまった。
やがて二人が自分の部屋に行き、キャンディの部屋の明かりも消えた。
けれどなかなか眠れなかった。
ベッドの中で仰向けになり、薄暗い天井を見つめる。
明日……明日になったら、自分はテリィと結婚する。
そう考えた途端、胸の奥がふわりと熱くなった。
不思議なくらい、いろいろなことを思い出された。
最初に浮かんだのは、出会った頃のテリィだった。
意地悪で、生意気で、人をからかってばかりいて。
何を考えているのか分からなくて、腹を立てることもたくさんあった。
それなのに、ときどき見せる寂しそうな顔が気になった。
笑っていても、その奥に誰にも触らせない場所があるように見えた。
いつからだったのだろう。
放っておけないと思う気持ちが、会いたいという気持ちに変わったのは。
会えば喧嘩をするのに、姿が見えないと探してしまう。
声が聞こえれば、それだけでうれしかった。
そして――別れた。
キャンディはベッドの中で、そっと目を閉じた。
あの夜のことは、今でも忘れていない。
テリィのもとへ行ったのに、会いたくて、会いたくて、ようやく会えたのに。
そこには、自分よりもずっと深い傷を負い、テリィを必要としている人がいた。
だから離れるしかなかった。あのときは、それしかないと思った。
けれど本当は、離れたくなんてなかった。
キャンディは枕元で、きゅっと指を握った。
テリィが好きだった。
どうしようもないほど好きだった。
それでも、自分たちはもう終わったのだと思おうとした。
時間が経てば、きっと忘れられる。
いつか別の誰かを好きになる日も来る。
そう思うようにした。けれど、その日は来なかった。
何年経っても、誰かに優しくされても。誰かが自分を大切に思ってくれても。
心のいちばん奥にある場所だけは、ずっと動かなかった。
そこには、いつもテリィがいた。
忘れられなかったのではない。
――忘れたくなかったのかもしれない。
ふと、ポニー先生の声が蘇った。
――何事にも時があり、天の下の出来事には、すべて定められた時がある。
ポニーの家の礼拝堂で聞いた、あの言葉。
あのときの自分たちには、まだ歩まなければならない道があり、まだ結ばれる時ではなかったのだとポニー先生は言った。
キャンディは暗闇の中で、静かに瞬きをした。
あの言葉を聞いたとき心は軽くなった。
けれど今夜は、あのときとは少し違う気持ちで、その言葉が胸に響いた。
どうして離れなければならなかったのだろうと、何度も思った時間。
けれど、その年月の中でテリィは自分の道を歩き、自分もまた、自分の人生を歩いてきた。
あの日の二人のままでは、明日という日には辿り着けなかったのかもしれない。
泣いたことも、寂しかったことも、会いたくてたまらなかった夜も、なかったことにはならない。
あの日、自分が選んだ別れも。
そのすべてを抱えたまま、ここまで来たのだ。
――すべてには、その時があります。
ポニー先生の穏やかな声が、もう一度胸の中に響いた。
キャンディは、そっと目を閉じた。
明日が、その時なのだ。
長い間、どれほど願っても来なかった時。
自分たちだけではどうすることもできず、遠く離れて歩くしかなかった二人に、ようやく訪れた時。
そう思うと、離れていた年月さえ、少しだけ違って見えた。
もう一度互いを選ぶために、それぞれが歩いてきた時間だったのかもしれない。
キャンディは静かに息を吐いた。
そして、再びテリィの名前が自分の人生の中へ戻ってきた。
何度も読み返した、あの手紙。
わずか数行の文字が胸の奥へ入ってきた。
うれしかった。怖いくらいにうれしかった。
だからこそ、すぐには信じられなかった。
また会えるのだろうか。
会ってしまっていいのだろうか。
もう一度あのひとを好きになってしまったら――。
そこまで考えて、キャンディは小さく笑った。
違う。もう一度ではない、ずっと好きだったのだ。
ただ、自分でも触れないようにしていただけだった。
再会したとき、目の前のテリィを見た瞬間、分かってしまった。
年月なんて何の役にも立たなかった。
声も目も、少し大人びた横顔も全部、知っていた。
自分の心が――この人だと、そう思った。
テリィがいい。テリィでなければ嫌だ。
そんなわがままを、昔の自分は口にすることができなかった。
誰かを傷つけるくらいなら、自分が諦めればいいと思っていた。
でも本当は、ずっと心の奥で叫んでいたのだ。
離れたくない。
あなたのそばにいたい。
あなたに選んでほしい。
そして、自分もあなたを選びたい。
キャンディは目元に浮かんだ涙を指先でそっと拭った。
明日になれば、それをもう隠さなくていい。
テリィの隣に立っていい。
誰に遠慮することもなく、誰かのために離れることもなく。
「……テリィ」
声にならないほど小さく、その名前を呼んだ。
今頃、何をしているのだろう。
もう眠っているだろうか。
そう思うと、急に会いたくなった。
たった一晩なのに。
明日の朝には会えるのに。
それでも会いたかった。
キャンディは自分でもおかしくなって、少し笑った。
そして枕に頬を寄せる。
――おやすみ、テリィ。明日、会おうね。今度こそ、あなたのところへ。
キャンディはゆっくりと目を閉じた。