アーチーは続ける。
「それから、あいつが行こうとしたとき、一人が余計なことを言った」
「余計なこと?」
「『ずいぶん熱くなるんだな』って」
キャンディは黙って聞いている。
アーチーは少し笑った。
「『まさか、あの子のことが好きだったりして』って」
キャンディの頬が赤くなる。
「テリィは一度足を止めて――」
アーチーは、あのときのテリィの声を思い出した。
『……だったら何だよ』
「……どうして」
キャンディが小さく言った。
「どうして今まで言ってくれなかったの?」
アーチーは少し考えた。そして、苦笑した。
「言いたくなかったんだよ、あの頃は」
「どうして?」
「そんなこと君に話したら、テリィのことをもっと好きになりそうだったから」
キャンディが目を丸くする。
「アーチー……」
「僕だって若かったんだよ」
アーチーは笑った。
今なら、そう言える。遠い昔の自分を、少し照れくさく思い出すように。けれど、すぐに表情を戻した。
「でも、それだけじゃないよ」
キャンディがアーチーを見る。
「君が、陰でそんなことを言われてたって、わざわざ知らせたくなかったんだ。知らなくていいことだと思った。君が聞いたら、平気だって笑うだろうけど」
アーチーは少し笑った。
「だから話さなかった。それだけ」
「アーチー、ありがとう」
しばらくしてキャンディが尋ねた。
「でも、どうして今になって話そうと思ったの?」
アーチーはベッドルームのほうを見る。
そこには明日のウェディングドレスがある。
「あれを見たからかな」
「ドレス?」
そしてキャンディを見る。
「明日になったら、君はテリィの奥さんだろ」
キャンディの頬が、また少し赤くなった。
「だったら、これは君が知っててもいいことかなと思った」
アーチーが静かに続ける。
「あの頃から、あいつは僕が思ってたよりずっと君のことを見てたんだろうな」
キャンディの胸の奥深くへ落ちていった。
キャンディが小さく言った。
「私……知らなかった」
「言わないだろ、あいつは。君を守ったことを、君に知らせたかったわけじゃないんだから」
キャンディは俯いた。不思議な気持ちだった。
自分の知らないところにも、自分を想っていたテリィがいたからだ。
そのとき、コンコン、と扉を叩く音がした。
「キャンディ、入るわよ」
アニーの声だった。アーチーとキャンディが同時に扉を見る。
「やっと来た」
アーチーが立ち上がった。
扉が開き、アニーとパティが入ってくる。
「アーチー、もう来てたの?」
「君たちが遅いんだよ」
「私のせいじゃないわよ。パティが――」
「アニーだってなかなか決まらなかったじゃない!」
「何のこと?」
キャンディが尋ねる。
「明日の髪飾りよ」
「パティだって同じでしょう?」
二人が言い合いを始める。アーチーが呆れたように笑った。キャンディはそれを見て微笑んだ。
やがて話は学院時代のことへ移り、いつの間にかステアの発明の話になった。
「そういえば、あの変な機械覚えてる?」
「変な機械じゃ分からないわよ。ステアの発明、ほとんどそうだったもの」
「キャンディ!」
アニーが笑う。
「本人が聞いたら怒るわよ」
「でも本当でしょう?」
パティまで笑い出す。
アーチーも笑った。
「兄貴は全部、大発明のつもりだったんだからな」
四人の笑い声が、セミスイートに広がった。
ずっと昔、同じようにみんなで笑っていた頃があった。
あの頃から、いろいろなことが変わった。
もうここにはいない人もいる。
それぞれが違う道を歩き、大人になった。
けれど、こうして同じ思い出を笑えることだけは変わらない。
しばらくして、アーチーが時計を見た。
「僕はそろそろ戻るよ」
「もう?」
キャンディが言う。
「明日は早いんだぞ。花嫁が夜更かしするのに付き合って、僕まで寝坊したら洒落にならないからね」
アーチーが立ち上がると、アニーも立った。
「じゃあ、私も戻るわ」
アニーが笑う。
「じゃあ、また明日」
「うん」
アーチーがキャンディを見る。
ほんの一瞬だけ、先ほどの話を思い出すような間があった。
けれど、それについてはもう何も言わなかった。
「おやすみ、キャンディ」
「おやすみなさい、アーチー、アニー」
アーチーとアニーが部屋を出ていく。
少ししてアニーだけが戻ってきた。
「ただいま」
「え?あれ?」
「さあ、今度は女だけよ」
三人の笑い声がまた広がった。
けれどキャンディの胸の奥には、ずっと一つの言葉が残っていた。
――あいつが笑ったからって、傷ついてないと思うな。
自分が笑って誤魔化すことを、あの頃からテリィは知っていた。
そして、自分が知らないところで怒ってくれていた。
明日から始まる新しい人生の前に、遠い学院時代から今日まで、自分がどれほど多くの人に大切にされてきたのかを、もう一度教えてもらったような気がした。
キャンディは白いウェディングドレスを見つめた。
その向こうに、明日待っている人を思いながら。
それは、結婚前夜に初めて知った――自分の知らないところにいた、あの日のテリィだった。