披露宴の話が決まったのは、『ロミオとジュリエット』の千穐楽の頃、劇団が、テリュース・グレアムの結婚を祝う席を設けたいとテリィに打診があった。

もともとテリィとキャンディは、教会でささやかな式を挙げるだけのつもりでいた。けれど、今やテリィは劇団を代表する俳優の一人であるが、長年劇団を支えてきた後援者やスポンサーもいる。彼らに何の報告もないまま結婚するというわけにもいかない。

ならば劇団として披露宴を開こう、そういう話だった。

そのことをキャンディから聞いたとき、アルバートはしばらく黙ると、何かを考えていた。

「劇団が全部準備してくださるそうなの」

キャンディが言った。

「テリィは、そこまでしてもらわなくてもいいって言ったみたいなんだけど……劇団にもいろいろ事情があるんですって」

「そうだろうね」

アルバートは微笑んだ。

「彼はもう、自分一人の都合だけで動ける俳優じゃないということだ」

その言葉に、キャンディは少しだけ誇らしそうに笑った。アルバートはふと思った。

――劇団だけに任せていいのだろうか。

披露宴を開いてもらうことが不満なのではなく、むしろありがたいことだった。テリィがそれだけ劇団から大切にされているということでもあるからだ。

「キャンディ。その披露宴、アードレー家にも手伝わせてもらえないかな」

キャンディが目を丸くした。

「でも、劇団が主催なのよ?」

「主催は劇団のままでいいんだよ」

アルバートは笑った。

「僕が変えたいわけじゃない。むしろそのほうがいいと思っている。テリィをここまで支えてきた人たちが、彼の結婚を祝ってくれるんだからね……ただ、キャンディ。君は僕の娘だ」

キャンディの表情が変わった。

「僕たちにも、少しくらい君を送り出す仕事をさせてほしい」

「アルバートさん……」

今度は、少し現実的な顔になった。

「それに、劇団の名前でホテルを押さえて、披露宴の準備を始めるのは、あまり賢いやり方じゃないと思うが、そのあたりどうなってるんだろうか?」

「どういうこと?」

「ホテルにはたくさんの人が働いている。予約係、料理人、給仕、花を用意する者、楽団、車の手配……。披露宴一つ開くにも、思っている以上に多くの人間が関わる」

キャンディは黙って聞いていた。

「その一人一人に悪意がなくても、“劇団の誰かが結婚するらしい”と知る人間が増えれば、どこかから新聞社の耳に入る可能性がある」

「あ……」

キャンディにもようやく意味が分かった。

テリィは、できることなら結婚式が終わるまでは公にしたくないと言っていた。

隠したいわけではない。ただ、その日だけは、俳優テリュース・グレアムではなく、テリィとして結婚したかったのだ。

教会の外に新聞記者が待ち構え、写真を撮られ、質問を浴びせられる。そんな一日にしたくなかった。

「アードレー家がパーティーを開くことにすればいいんじゃないかな」

キャンディが瞬きをした。アルバートは何でもないことのように続けた。

「アードレー家がニューヨークで私的なパーティーを開く。それなら珍しいことじゃない。ホテルへの手配もこちらで引き受ける。表向き、劇団の名前を出す必要はなくなる」

「でも……それじゃ、アードレー家のパーティーになっちゃわない?」

「ならないよ」

アルバートは笑った。

「主催はストラスフォード劇団。それは変わらない。僕たちは場所を整える手伝いをするだけだ」

そして、少し考えてから付け加えた。

「劇団が君たちを祝ってくれる。僕たちは、その祝いの席を守る。それくらいなら、させてもらってもいいだろう?」

キャンディはしばらく何も言わなかった。やがて、ゆっくりとうなずいた。その声は少しだけ震えていた。

「ありがとう、アルバートさん」

「まだ何もしていないよ。聞いてみないとね」

そう言ったアルバートだったが、その日のうちにジョルジュを呼んだ。

執務室へ入ってきた彼は、いつものように静かに一礼した。

「少し面倒な仕事を頼みたいんだ」

アルバートが事情を説明していく。ジョルジュは途中で口を挟むことなく聞いていた。

テリュース・グレアムとキャンディの結婚披露宴。主催はストラスフォード劇団。ただし、披露宴が終わるまでは、できる限り外部に知られたくない。

そのためホテルとの折衝をはじめ、会場、料理、装花、楽団、車など、表向きの手配をアードレー家で引き受けたい。

「ホテル側との窓口は一つにしたい。その役を担えるように劇団に伝えることからになるが、頼めるかな」

「承知いたしました」

いつも通り返事は短かった。

「それから、テリィの名前が出ずに進めたい」

ジョルジュはわずかに考えた。

「では、ホテル側にはアードレー家の私的な祝宴として手配いたします。詳細を知る者は必要最小限にいたします」

「僕も同じことを考えた。やってくれるかい?」

「はい」

迷いのない返事だった。アルバートは椅子にもたれた。

ジョルジュは、二人がまだ少年と少女だった頃から知っている。

そして――あの日のことも知っている。

ニューヨークから姿を消したテリュース・グレアムを探し出すよう、アルバートから命じられたことがある。

長い捜索の末、ようやく見つけた彼は、華やかな舞台に立つ俳優とはまるで違っていた。

詳しい言葉を交わしたわけではないけれどジョルジュには分かっていた。あの別れが、二人にとって決して軽いものではなかったことくらいは。

それから、長い年月が過ぎた。一度は別々の道を選んだ二人が、もう一度出会い、今度は同じ道を歩いていくことを選んだ。その祝いの席を、自分が整える。ジョルジュは感慨を口にすることもなかった。

ジョルジュがペンを動かしながら、

「ウィリアム様。招待客の名簿は、ホテル側へ渡さないほうがよろしいかと存じます」

アルバートが顔を上げた。

「私的なパーティーですので、出席者は固定されなくても良いでしょう。ホテルには必要な卓数と料理の数のみお伝えします」

「なるほど」

「装花につきましても、婚礼を想起させる注文は避けます。当日、必要な部分のみこちらで整えることは可能ですので」

アルバートが思わず笑った。

「もう始まってるね」

ジョルジュは表情を変えなかった。

「お引き受けいたしましたので」

それだけだった。けれどアルバートには分かっていた。

ジョルジュもまた、キャンディが幼い頃から成長を見守ってきた一人だった。口には出さないが、きっと喜んでいるとアルバートはわかる。

「ジョルジュ。よろしく頼むよ」

ジョルジュは静かに頭を下げた。

「かしこまりました」

そして――三月十四日。その仕事は、最後まで完璧に果たされた。

聖ルカ礼拝堂で二人が誓いを交わしている頃、ホテルでは、アードレー家の名で予約された一室の最後の準備が進められていた。

ホテルの記録上、それはアードレー家の私的な祝宴だった。けれど、その扉の向こうでこれから始まるのは、劇団が用意した、一人の俳優と、その生涯の伴侶を祝うための披露宴だった。

教会で鐘が鳴る。祝福の声に包まれながら、テリィとキャンディが礼拝堂を出てくるその頃、ホテルではジョルジュが懐中時計を開き、時刻を確認していた。

会場はすべて整っている。やがてホテルの係の者が近づいてきた。

「ミスター・ジョルジュ。お客様をお迎えする準備が整いました」

懐中時計の蓋を静かに閉じる。

「では、お願いいたします」

いつもと変わらない声だった。

そしてジョルジュは、自ら扉のほうへ歩いていった。

間もなく、あの日、離れることを選ぶしかなかった少年と少女が夫婦となってやってくる。