階段を上りきり、扉を開くと、そこには小さな空間があった。
聖歌隊が並ぶための席、大きなオルガン。
そして、キャンディは手すりへ近づいた。
「わあ……」
思わず声が漏れる。
教会全体が見渡せる。並んだ参列者席、中央の通路、そして、その先には祭壇。
「見える……」
はっきり見える、ここなら。
エレノアは、テリィを見ることができる、私たちが並ぶ姿を。
キャンディは振り返った。
「ここは、下から見えますか?」
「普通に座っていれば、まずこちらを見上げることはないでしょう」
キャンディは考える。
完全に隠れる場所ではないけれど、ここなら手すりから少し下がっていても祭壇を見ることができる。
キャンディの顔が輝いた。
「ここならば……」
「ミス・アードレー。まだ、お貸しできるとは言っていません」
「あ……」
キャンディの顔がしゅんとなる。
男性は思わず笑った。
「まず、その方についてもう少し事情を伺わなくては」
「そうですよね」
「それから、当日は聖歌隊席は使用します」
キャンディは素直に頷いた。そして、もう一度祭壇を見る。
「お願いがあります」
「何でしょう?」
「その方のお名前を、今は言わなくてもいいですか?」
男性がキャンディを見る。
「どうしてです?」
「これは、私一人の考えなんです」
「ご本人は知らない?」
「はい」
少し気まずそうに笑う。男性が苦笑する。
「では新郎も?」
「それもまだ……」
「それは、なかなか大きな秘密ですね」
「そうなんです」
キャンディも困ったように笑う。
「だから、できるかどうか分かってからその人に話したくて」
できないと分かれば、エレノアをがっかりさせずに済む。
「その方に一度お話しして、もし本当にこちらから見たいと言ってくださったら」
キャンディは真剣な顔になる。
「その時、改めて事情を全部お話しします」
男性はしばらく考えた。
「分かりました」
キャンディの顔が明るくなる。
「では、今のところは可能性がある、ということだけにしておきましょう」
「ありがとうございます!」
声が大きくなり、教会の中へ響いた。
キャンディは慌てて口を押さえる。
「すみません……」
そして再び、聖歌隊席から祭壇を見下ろした。
この場所にエレノアが、誰にも気づかれずに誰にも知られずに、けれど確かに息子の結婚を見届けることができれば……。
キャンディは想像した。
その瞬間、胸が熱くなる。
――見せてあげたい。
はっきりと思った。
帰り道。キャンディの足取りは、行きよりずっと軽かった。
まだ決まったわけではないが、見たいと願う人が、見ることのできる場所があった。
ペントハウスへ戻った時には、まだテリィは帰っていなかった。
「よかった」
キャンディはコートを脱ぎながら呟いた。
何がよかったのか、自分でも笑ってしまう。
まるで悪戯を隠している子どものようだ。
夕方、玄関の鍵が回った。
「ただいま」
「おかえりなさい!」
キャンディがいつも以上の勢いで迎える。
テリィが一歩引いた。
「……何?」
「何が?」
「なんか機嫌いいな」
「いつもいいわよ」
「そう?」
「そうよ」
テリィはコートを脱ぎながら、じっとキャンディを見る。
「今日、どこかに行ってた?」
キャンディの動きが止まった。
「……ちょっとそこまで。女の人にはいろいろあるの」
テリィが目を細める。
「怪しいな」
「何がよ」
「俺に何か隠してない?」
キャンディは一瞬、言葉に詰まった。
「……ないわよ」
「今の間は何だよ」
「ないってば!」
「ふうん」
テリィが顔を近づけてくる。
「本当に?」
「本当!」
キャンディは両手でテリィの胸を押した。
「ほら、着替えてきて。夕食にするから!」
「キャンディ」
「早く!」
テリィは納得していない顔のまま寝室へ向かった。
その背中が見えなくなると、キャンディは小さく息を吐いた。