少し時間は遡る。
テリィが劇団へ出かけてから一時間ほど経った頃、キャンディもペントハウスを出た。
行き先は、数週間後に二人が結婚式を挙げる教会。
朝食の時に、「今日は何するの?」と聞かれたが、
「ちょっと用事があるから出掛けるわ。……女の人にはいろいろあるのよ」
そう言って誤魔化した。
テリィは怪訝そうな顔をしていたけれど、稽古へ出かける時間が迫っていたため、それ以上は追及してこなかった。
キャンディはそれを思い出しながら、教会へ向かっていた。
――ごめんね、テリィ。
テリィには言えないこと。そもそも言っていいのかは、エレノアにも聞かないと勝手に言えない。
教会が見えてくる。
キャンディは少しだけ建物を見上げた。
扉を開ける。中は静かだった。
日曜日ではないため、礼拝に来ている人もほとんどいない。
高い窓から差し込む光が、長椅子の上へ淡く落ちている。
祭壇を見た瞬間、キャンディの胸が少し高鳴った。
あと数週間後、あそこにテリィが立ち、そして自分は、この通路を歩いていく。
一瞬、今日の目的を忘れそうになった。
「いけない」
小さく呟く。
今日は自分の結婚式を想像しに来たのではない。
エレノアのことで来たのだ。
教会の人を探していると、奥から年配の男性が出てきた。
この教会を管理している聖職者で、挙式の打ち合わせの際にも会ったことがある。
「ミス・アードレー」
キャンディに気づき、穏やかに微笑む。
「こんにちは」
「こんにちは。今日はお一人ですか?」
「はい」
男性は少し不思議そうな顔をした。
「今日は何か、挙式についてご相談ですか?」
「はい。実は……」
そこまで言って、キャンディは止まった。
どう説明したらいいのだろう。
頭の中では簡単だった。
誰にも見つからずに結婚式を見る場所はありませんか?
けれど、いざ教会の中で口にしようとすると、ずいぶん怪しい相談に聞こえる。
「あの……ちょっと変なことを聞いてもいいですか?」
男性が微笑んだ。
「どうぞ」
キャンディは辺りを見回す。
「この教会に……人から見えない場所ってありますか?」
男性の表情が止まった。
「……人から見えない場所?何のために?」
「結婚式を見るためですが……」
ますます分からないという顔になった。
キャンディも、自分で言っていておかしいと思う。
「違うんです。怪しいことをしようとしてるわけじゃなくて。その……私たちの結婚式を見たい人がいるんです」
「でしたら、参列していただけば――」
「それができないんです」
「できない?」
「はい」
キャンディは少し迷った。
どこまで話していいのだろう。
エレノアのことを、勝手に話してはいけない。
まして、テリィとの関係は絶対に知られてはならない。
「事情があって、人に顔を見られることができない人なんです」
男性は黙って聞いている。
キャンディは言葉を選ぶ。
「でも、とても私たちにとって大切な人で、その人も私たちの結婚を、ずっと喜んでくださっていて……」
エレノアがドレスを選んでくれたことを思い出す。
ヴェールや靴、そして、テリィの衣装も。
「その人は、自分は出席できないから仕方がないって言っているんです」
キャンディの声が少し静かになった。
「でも、本当は見たいって。だから……」
キャンディは男性を見る。
「席に座らなくてもいいんです。式が終わるまで、誰にも気づかれず、ただ、見られる場所があれば」
男性はすぐには答えなかった。
キャンディは期待するように見つめている。
やがて彼は、教会の後方へ視線を向けた。
キャンディもつられて振り返る。
入口の上。二階部分に、手すりのようなものが見えた。
男性が言った。
「あそこは……聖歌隊席がありますが」
「聖歌隊席?」
「ええ。オルガンもあちらに」
キャンディの目が輝く。
「上に行けるんですか?」
「もちろん」
「そこから、ここが見えます?」
男性が少し笑った。
「見えますよ」
キャンディの顔がぱっと明るくなった。
「見せてもらってもいいですか?!」
あまりの勢いに、男性が笑った。
「どうぞ」
教会の脇にある扉から、細い階段を上がる。
キャンディは男性の後ろをついていった。
一段、また一段。なぜか胸が高鳴る。
昔、テリィの舞台をどうしても見たくて、劇場の裏側を上へ上へと登った時のことを思い出す。
あの時もこんな気持ちだった。
――見られるかもしれない。
それだけでうれしかった。