「お邪魔します」
テリィが中へ招き、三人は居間へ入った。そしてほとんど同時に、足を止めた。
「……すごい」
最初に声を漏らしたのはアニーだった。
大きな窓、そこから見渡せるニューヨークの街。ゆったりとした居間、落ち着いた調度。
決して派手ではないけれど、ひと目で分かる。簡単に持てる住まいではない。
パティも辺りを見回していた。
「ここ……全部、テリィの?」
「そうだけど」
テリィは何でもないように答えた。
アーチーは窓際まで行き、外を見た。ずっと下に街が広がっている。
「ずいぶんいいところに住んでるんだな。とはいえ、きみの実家の屋敷ほどではないだろうけど、ニューヨークでこういうところ住めるのはごく一部と聞く」
「そうか?」
アーチーが振り向く。
「俳優って、こんなところに住めるのか?」
テリィは少し笑った。
「それは、俳優によるよ」
アーチーも思わず笑った。
確かに、誰でもというわけではない。テリュース・グレアムだから、なのだ。
シカゴにいても名前は聞くし、新聞でも見る。ニューヨークから遠く離れた街でも、舞台好きなら知らない者は少ない。
昨年の『ロミオとジュリエット』も、大きな評判になった。それでもこうして実際に彼の暮らす場所へ来ると、その成功が、急に目の前の現実になった。
アーチーは改めてテリィを見る。
学院時代、何も持たずにアメリカへ渡った少年。その少年が自分の力でここまで来た。
アーチーは笑った。
「君、本当にブロードウェイのスターなんだな」
テリィはわざと少し嫌そうな顔をする。
「その言い方、うれしくない」
「何でだよ」
その会話を聞きながら、アニーとパティはまた室内へ目を向けた。
そこでアニーがふと気づいた。ソファの端に、小さなショールが掛けられている。明らかにテリィのものではない。
テーブルの片隅には、読みかけらしい医学書。その横に、キャンディが使っているらしい手帳。
窓辺には、小さな花瓶。さらに部屋の隅には、見覚えのある鞄。アニーは思わずキャンディを見る。
「キャンディ。本当に……ここで暮らしてるのね」
キャンディは一瞬きょとんとした。
それから、アニーが見ているものに気づいた。急に照れくさくなった。
「あ……うん」
パティも辺りを見る。言われてみればテリィ一人の部屋ではない。そこかしこに、キャンディのものがある。
日常の中に自然に混ざり、二人がこの家で生活をしている。それが、何よりよく分かった。パティが笑う。
「何だか……不思議」
「何が?」
キャンディが尋ねる。
「キャンディのものが、テリィのものと一緒にあるの」
キャンディの顔がまた赤くなる。
「だって、住んでるんだもの」
「そうなんだけど」
アニーも笑った。
「手紙で聞くのと、見るのは全然違うわ」
「そう?」
「全然違う」
パティも頷いた。キャンディは何となく居心地が悪くなり、テーブルの上にあった自分の本を意味もなく動かした。
「もう。そんなに見ないでよ」
テリィが笑う。
「今さら隠しても遅いよ」
「何よ」
「朝からその辺にいろいろ置いてたの、きみだろ」
「テリィ!」
「本当じゃない」
「片づける時間がなかったの!」
「別に片づけなくていいだろ」
そう言ってからテリィは何でもないように続けた。
「ここ、きみの家でもあるんだから」
ほんの一瞬、部屋が静かになった。全員が一斉にテリィを見る。
当の本人だけが、なぜ皆が黙ったのか分かっていないようだった。
「……何?」
キャンディが小さく笑った。
「ううん」
「何だよ」
「何でもない」
けれどその顔はうれしそうだった。
アニーはキャンディを見て、静かに微笑んだ。
ここはテリィが俳優として手に入れた家なのだろう。舞台で成功し、自分の力で築いた場所。けれど今はもうテリィ一人の家ではない。
すっかり二人の家になっている。
「さあ!立ってないで座って!」
「急に仕切り始めたな」
アーチーが言う。
「お茶淹れるわ」
キャンディがキッチンへ向かう。テリィも立ち上がった。
「手伝う」
「いいわよ」
「人数多いだろ」
「大丈夫」
「きみ一人じゃ心配だし」
「何よそれ?私がまるでおっちょこちょいみたいじゃない?」
「そこまで具体的に言ってないけど?」
アーチーが吹き出したが、二人は何かを言い合いながら、結局二人でキッチンへ向かっていった。
残された三人は顔を見合わせる。そしてパティが小さく笑った。
「変わってないわね。あの二人」
アニーが笑う。
「本当」
やがて紅茶と軽い食事が運ばれてくる。五人は大きなテーブルを囲んだ。
パティが尋ねる。
「もう、式を待つだけ?」
キャンディが笑う。
「まだ細かいことは残ってるけど、ほぼ終わってるわ」
ひとしきり話したあと、テリィとアーチーが窓際へ移り、男同士で話し始めた。
キャンディ、アニー、パティの三人はそのままテーブルに残る。久しぶりの三人だけの時間、アニーが部屋を見回しながら言った。
「何だか、まだ信じられない」
「何が?」
「キャンディがここで暮らしてること」
キャンディが笑う。アニーは窓際にいるテリィをちらりと見る。
「だって、本当にテリィと一緒に暮らしてるんだもの」
「私もまだ実感がないときがあるわ」
パティが言う。
「でも、分かるわ。だって、こんな日が来るなんて思わなかったもの」
キャンディは黙った。
「……うん」
本当にそうだった。十五歳の頃、好きになった人。十年以上も離れていた人。その人とニューヨークの家で一緒に暮らしもうすぐ結婚する。
そんな未来をあの頃の自分は想像することさえできなかった。
アニーが柔らかく笑う。
「でもキャンディ、すごく幸せそう」