少し沈黙したあと、エレノアが尋ねた。
「そのエヴリンという女性、きれいだったんでしょう?」
キャンディは困ったように笑った。
「はい……ものすごく」
エレノアが小さく笑った。
「すらっとしていて、肌も髪もきれいで……」
話しながら、あの日の自分を思い出す。
買い物帰りの服、履き慣れた靴、風に乱れた髪。
「それで、帰り道に自分の格好を見たら、なんだか急に恥ずかしくなって」
エレノアがキャンディの手を握る。
「でも安心したわ。あなたも普通の女の子なのね」
エレノアはそう言うと意味深な笑みを浮かべ立ち上がり、キャンディを鏡の前へ連れていった。
エレノアはキャンディの後ろから、鏡の中のキャンディをしばらく見ていた。
「キャンディ」
「はい?」
「披露宴には、そのエヴリンも来るの?」
「劇団の方なら、たぶん……」
「そう」
エレノアの目は、長年、映画の世界で生きてきた女優の目だった。
美しい女優たちが一堂に集まる場所が、どんな場所になるのか、エレノアには容易に想像できた。
しかも、その中心に立つのは――息子の花嫁……キャンディだ。
「披露宴のドレスも、もう一度確認しましょう」
「え? でも、あれはもう決まったんじゃ……」
エレノアは何でもないことのように続けた。
「それと、当日の支度をする人を、こちらで用意するわ。髪とお化粧。それから衣装を見てくれる人もね」
キャンディは慌てた。
「そんな、大丈夫です。自分と友だちとでやります」
「あら、だめよ」
あまりにも即答だった。
「ご友人たちはご招待した参列者よね。披露宴では着替えもあるし、参列される方々でないほうがいいと思うわ」
あまりにももっともなことを言われ、キャンディは黙った。
「当日は、私のメイクを担当している人と、衣装を見てくれている人を行かせるわ」
キャンディは振り返った。
「エレノアさんの?」
「ええ」
「でも、それは……」
キャンディの顔に不安が浮かんだ。
「エレノアさんの関係者だって分かってしまいませんか?」
エレノアが一瞬考える。そして、こともなげに言った。
「大丈夫よ。テリィにだって当日は劇団の衣装係なり、身支度を手伝う人がいるでしょう?だったら、あなたの衣装係をテリィが自分で用意したことにすればいいのよ」
キャンディはぽかんとした。エレノアは涼しい顔をしている。
「必要だから手配した。それだけ。誰もいちいち、その人たちが普段誰の仕事をしているかなんて調べないわ」
エレノアは鏡越しに彼女を見る。
「あなたは花嫁なのよ。それだけで十分な理由でしょう?」
キャンディは返す言葉を失った。
「それに披露宴には、女優が何人も来るんでしょう?」
「……はい、おそらく」
「だったら、なおさら」
その言い方に、キャンディは目を細めた。
「エレノアさん、女優さんたちと対等になろうなんて、私少しも思ってないですよ」
「そういうことではないわ。花嫁のあなたが一番きれいでなければならない一日ってことよ」
そう言いながら、エレノアは笑った。
キャンディは知らない。その瞬間、エレノアの中ではすでに、当日の髪型から化粧、披露宴用のドレスに合わせる装飾品まで、次々と考えが巡り始めていた。
エヴリンに勝たせよう、というのではない。
誰かと比べる必要など、本当はない。
テリィが何年も愛し続け、ようやく迎える花嫁なのだから。
ただ女優として、そして母親として、ほんの少しだけ、思うところはある。
披露宴には、舞台の上で視線を集める美しい女優たちが並ぶ。
ならば、テリィの隣に立つキャンディを見たとき、誰にも、一瞬たりとも思わせたくなかった。
――あの女優のほうがきれいだ、と。
「キャンディ」
「はい?」
エレノアは鏡の中の彼女を見て、にっこり笑った。
「あなたらしさがなくなるようなことはしないわ」
そこだけは、エレノアも本気だった。
女優のように作り替えるつもりはない。キャンディがもともと持っているものを、一番美しく見えるように整えるだけだ。
エレノアは心の中で、ひそかに思った。
――でも、女優たちに負けるつもりはないわよ。
もちろん、その言葉だけはキャンディには聞かせなかった。