アードレー家本邸に正式な招待状が届いたのと、ほとんど同じ頃、ラガン家にも、一通の封書が届いていた。宛名はラガン夫妻。
その日の夕方、応接間のテーブルに置かれた招待状を前に、ラガン夫人は満足そうに目を細めていた。
「まあ、きちんとした招待状ですこと」
隣では夫が新聞から顔を上げる。
「キャンディスの結婚式だったか」
「こちらは披露宴の招待状ですわ」
夫人が訂正した。
「挙式は、ごく親しい方だけでなさるそうです」
「なるほど」
ラガン氏は再び新聞へ目を落とそうとする。
「お返事をしなければなりませんよ。総長も出席なさるし」
「君が出席すればいいだろう」
あまりにもあっさりした返事に、夫人が眉を寄せる。
「私はその頃、どうしても外せない仕事がある」
ラガン氏は新聞を畳んだ。
「だから君がラガン家を代表して出席すればいい。外せない仕事はそちらのほうが約束が先だ。総長もお赦しくださるだろう」
ラガン夫人は少し考えた。
自分一人でニューヨークへ行くことに不満があるわけではない。むしろ披露宴そのものには興味がある。
キャンディがどんな花嫁になるのかよりも、俳優テリュース・グレアムの結婚披露宴とは、どんな顔ぶれが集まるのか。
「わかりました。私は参りましょう」
夫人はもう一度、招待状へ目を落としたそのときだった。
「お母さま?」
扉の向こうから声がした。そして返事を待たずに、イライザが入ってくる。
「どちらへお出かけされるのですか?」
ラガン夫人は娘を見る。
「キャンディスの結婚披露宴でニューヨークですよ」
イライザの足が止まった。
「キャンディの?」
視線がすぐにテーブルの招待状へ向かう。
「招待状が来たの?」
「ええ」
「見せていただきたいわ」
イライザは招待状を手に取った。招待状の下へ視線を移したところで、イライザの目が止まった。
テリィとキャンディ、その二人の名と並ぶように記された、ストラスフォード劇団の名。
「……ストラスフォード劇団」
小さく呟くイライザ。ラガン夫人が答える。
「劇団側も一緒に披露宴を整えているようね」
イライザは招待状から目を離さなかった。
劇団の名が正式に入っているなら、これは単に新郎新婦が親族や友人だけを招く披露宴ではなく、劇団にとっても、テリュース・グレアムの結婚を正式に披露する場なのだろう。
ならば当然、劇団の関係者も出席する。テリィと日頃舞台を共にしている俳優たちも。イライザの頭に、ある人物の顔が浮かんだ。
ヴィクター・ラングフォード。今イライザが夢中になっているブロードウェイ俳優だ。劇団の披露宴なら彼も出席するかもしれない。たとえ彼が出席していなくとも、劇団には知ってる俳優がたくさんいる。
イライザの口元に、ほんのわずかな笑みが浮かんだ。
その変化を部屋の入口近くに立っていたニールだけは見逃さなかった。イライザは母親を見る。
「お父さまも行くの?」
「いいえ。お父さまは仕事で無理なの」
「では、私が行きますわ」
ラガン夫人が目を瞬く。
「あなたも?どうして?」
イライザは驚いたような顔をした。
「どうしてって……キャンディの結婚披露宴でしょう?だって、キャンディとは小さい頃から知っているのよ」
ニールが小さく呟く。
「知っている、ねえ」
ラガン夫人は少し考えていた。
「でも、招待されているのは私たち夫婦ですよ」
「お父さまが行けないのでしょう?だったら私がお父さまの代わりに行けばいいじゃない?ラガン家から一人だけというのも変でしょう?」
イライザはもっともらしく続ける。
「それに私、キャンディとは同じ家で暮らしたこともあるのよ。セントポール学院だって一緒だったでしょう?」
ニールがまた聞こえないように呟く。
「よく言うよ」
イライザは再び母親に訴える。
「ねえ、お母さま。いいでしょう?」
ラガン夫人は少し迷った。
確かに、夫が出られないのであれば娘を伴うこと自体は不自然ではない。
キャンディとイライザが幼い頃からの知り合いであることも事実だ。
その関係が良好だったかどうかは、また別の話だが。
「そうね……」
その一言に、イライザの顔が明るくなる。
ニールはソファに座る。
「いいんじゃない?せっかくだから連れていけば」
ラガン夫人はしばらく考えたあと、頷いた。
「では、お父さまに代わって、あなたも同行しますか?」
「本当?」
「ただし」
母親の声が少し厳しくなる。
「失礼のないようにすること。総長も出席していますから」
「分かってるわ」
イライザはうれしそうに答えた。
イライザは招待状を見ながら、無意識に微笑んでいた。
ニールは招待状を覗き込むようにして言った。
「ヴィクターも来るといいな」
「しっ!お兄さま!」
ラガン夫人が怪訝そうに二人を見る。
「ヴィクターとは?」
「ブロードウェイの俳優で……」
ニールが楽しそうに言った。イライザは慌てた。
「何でもないわ、お母さま!」
ラガン夫人はまだよく分からないという顔をしていたが、娘が披露宴へ行きたがる理由が、キャンディだけではないことくらいは察したようだった。
「イライザ。アードレー家の一員として出席するのですから、どなたにお会いするにしても、節度を持ちなさい」
「分かっています」
その様子を見ていたラガン氏は、新聞を広げ直しながら小さく笑った。
「まあ、いいじゃないか。若い娘がニューヨークへ行くんだ。楽しみが一つくらいあっても」
イライザはすぐに父を見る。
「でしょう?だからお父さま大好きよ」
シカゴのアードレー家では、エルロイがニューヨーク行きを決めた。
そして今度はラガン家で、イライザまでが披露宴への切符を手にした。
キャンディとテリィが思い描いていた小さな結婚式とは別に、その結婚式は、どうやらずいぶん賑やかなものになりそうだった。