二人の結婚式は少しずつ形になっていた。ひとつ決まるたびに、三月十四日という日が近づいてくる。

そんなある夜、夕食を終えたキャンディが食器を片づけていると、テリィが言った。

明日、宝石店に行こう」

「明日?急にどうして?」

テリィが呆れた顔をした。キャンディが首を傾げる。テリィが自分の左手の薬指を指してようやくキャンディが気づいた。

「あっ、結婚指輪!」

テリィは笑った。

「指輪も忘れないでくれよ」

翌日の午後、二人はマンハッタンの宝石店を訪れた。テリィが以前から知っている店らしく、奥の小さな応接室へ案内された。

表の売り場とは離れているため、人目を気にする必要もない。

テリィの結婚については、まだ世間へ正式に発表していない。最近は、二人で何かを決めるだけでも場所を選ぶ必要があった。

「なんだか大変ね」

店員が席を外したところで、キャンディが小声で言った。

「何が?」

「結婚指輪を買うだけなのに」

「仕方ないよ」

「普通にお店へ入って、普通に見てみたかったわ」

テリィが笑う。やがて店員が戻ってきた。テーブルの上へ、いくつもの指輪が並べられる。

細いもの。少し幅のあるもの。彫り模様の入ったもの。小さな宝石をあしらったもの。

「こちらなど、いかがでしょう」

勧められた指輪をキャンディが手に取る。美しいけれど、少し華やかすぎる気がした。

「きれいだけど……」

次。こちらも宝石が入っている。

「これも素敵ね」

さらに次。キャンディは何本も試した。ところが、なかなか決まらない。テリィは隣で黙って付き合っていた。

やがてキャンディが、端に置かれていた一本へ目を留めた。何の飾りもない、細い、シンプルな指輪。

手に取り、左手の薬指へ通すと、すっと馴染んだ。キャンディは手を少し離して眺める。

「これがいいな」

テリィが覗き込む。

「それ?もっといろいろあるよ。石が入ってるのもあっただろ」

「石なら婚約指輪にあるもの」

キャンディは左手を見せた。

「それに、結婚指輪は毎日つけるんでしょう?だったら、これがいい」

テリィはしばらく指輪を見た。

「本当に?」

「本当に」

キャンディは笑った。

「看護婦に戻ったら、あまり華やかなものは困るでしょう?」

その言葉に、テリィも笑う。

「もう仕事する気満々だな」

「もちろん」

そしてキャンディは、もう一度指輪を見る。

「ずっとつけていられるものがいいの」

テリィは何も言わなかった。その言葉だけで十分だったらしい。

「じゃあ、それにしよう」

「あなたのは?」

「俺も同じのでいいよ」

「ちゃんと選びなさいよ」

「同じのがいい。きみがずっとつけるなら、俺も同じのをずっとつける」

キャンディは少しだけ頬を赤くした。

「そういう言い方、ずるいわ」

「何が?」

「何でもない」

指環を決め、内側に日付、そして互いの名前を刻印してもらう。

キャンディはその文字を確認しながら、不思議そうに見つめた。

「どうした?」

「こうして書くと、本当にもうすぐなのね」

「あと何日だと思ってたんだよ」

「数えてるわよ」

「俺も」

キャンディが顔を上げる。

「あなたも?」

「当然だろ。朝起きて、あと何日って考える」

キャンディは驚いたようにテリィを見る。そんなことをしているとは思わなかった。

「……楽しみなの?」

「何、その質問」

「だって」

テリィは少し眉を寄せた。

「俺が何年待ったと思ってるんだよ」

キャンディの笑顔が止まった。テリィも言ってから気づいたらしい。一瞬だけ、二人の間に静かなものが落ちた。けれどそれはもう、悲しい沈黙ではなかった。

キャンディがそっと笑う。

「そうね」

そしてテリィの手を取った。まだ試着用の指輪が残っている左手に自分の左手をその隣へ並べる。

「もう少しね」

「ああ」

テリィはキャンディの手を握った。


店を出る頃には、夕方になっていた。外には冬の冷たい風が吹いている。キャンディはコートの襟を立てた。

「わぁ、寒い!」

「だから手袋しろって言っただろ」

「持ってきたわよ」

バッグを探す。けれど、なかなか見つからない。テリィが呆れたように見ている。

「貸して」

キャンディが顔を上げた瞬間、テリィがその手を取った。自分のコートのポケットへ入れる。

「これでいい」

「テリィ」

「手袋探すより早い」

キャンディは笑った。

ポケットの中で、二人の手が重なる。キャンディはポケットの中で、テリィの左手をそっと握った。

「ねえ、テリィ」

「ん?」

「早く三月十四日にならないかしら」

テリィは前を向いたまま笑った。

「俺も同じこと考えてた」

二人は手を繋いだまま、冬のニューヨークを歩いていった。

あと少し、二人の左手に、同じものが残る日まで。