テリィの衣装合わせから、数日が過ぎた。
キャンディが再び郊外の一軒家を訪れたのは、ヴェールを決めるためだった。
この場所へ通うようになって、何度目だろう。
最初に来た頃には、どこか緊張していた。世界的な女優であるエレノア、そしてテリィの母親。
学院時代から知っている人ではあったけれど、こうして二人きりで何日も過ごしたことなどなかった。
けれど今では、何度も会い、何度も話し、少しずつ二人の間から、「テリィを通して知っている人」という距離がなくなっていった。
その日用意されていたヴェールは、三種類。
一つ目は長く、裾を引くもの。二つ目は細かなレースが華やかなもの。
そして三つ目。薄く柔らかなチュールに、縁だけごく細いレースが施されている。
キャンディがそれを頭へ載せてもらう。エレノアが少し離れた場所から見る。
「……これね」
「私も、これが好きです」
鏡の中の自分を見る。白いヴェール。その向こうに、自分の顔がある。
ドレスを着ていないのに、それだけで、急に花嫁になったような気がした。
キャンディの表情が、少し照れたものになる。エレノアは楽しそうに笑った。
「これにしましょう」
「はい」
ヴェールが決まった。靴も、手袋も、ほぼ決まっている。あとは細かな調整だけ。何日もかけて進めてきた花嫁支度が、少しずつ終わりへ近づいていた。
キャンディは少し真剣な顔で言った。
「エレノアさん……本当に、式にはいらっしゃらないんですよね」
エレノアの指が、一瞬だけ止まった。
「ええ。仕方のないことよ。テリィからも聞いてるでしょ」
キャンディは俯いて、沈黙する。
「でも、見たいですよね?」
エレノアがキャンディを見る。その言葉に、エレノアは答えなかった。キャンディは続ける。
「何度も一緒に選んでくださったんですもの。ちゃんと出来上がったものを着て、テリィの隣にいるところを……見たいですよね?」
エレノアはしばらく黙っていた。
「……困った人ね。そんなことを聞かれたら……見たくないとは言えないでしょう?」
キャンディは黙った。
その声は、いつもの世界的女優エレノア・ベーカーのものではなく、ただの母親の声だった。
「でも、それと出席できるかどうかは別の話よ。教会へ行けば、誰に見られるか分からない」
エレノアは微笑んだ。
「私はもう十分よ。あなたのドレスも、テリィの衣装も選べたのだから」
「でも……」
「十分なの」
穏やかな声だった。それ以上言わせないような強さもあった。
キャンディは口を閉じた。
その日は、それ以上その話をしなかった。
やがて帰る時間になり、二人は一軒家を出た。
帰りの車の中でも、キャンディはずっと窓の外を見ていた。
エレノアは「十分」と言った。
当然だ、息子の結婚式なのだから。
自分で選んだ衣装を着たテリィを。
自分で支度した花嫁が、その息子のところへ歩いていく姿を見たくないはずがない。
けれど、普通に客席へ座ることはできない。
人に見つからず誰の目にも触れないところから見る方法。
そんなもの――。
キャンディは、ふと瞬きをした。
脳裏に、ずっと昔の光景が蘇った。
シカゴ、まだ駆け出しだったテリィが、初めて役をもらった舞台。
どうしても観たかった。けれど、その夜は仕事があった。
チケットも持っていなかった。
それでも――見たい。
ただ、その気持ちだけで自分は劇場へ行った。
表から入れないのなら、裏から舞台裏へ忍び込み、人に見つからない場所を探し、高いところから、ほんのわずかな隙間からテリィの舞台を見た。
キャンディの瞳が大きくなる。
「……そうだわ」
小さく呟いた。
向かいに座るエレノアが顔を上げる。
「何?」
キャンディは慌てて首を振った。
「なんでもありません!」
「そう?」
「はい」
けれど、その顔は明らかに何かを思いついた顔だった。
エレノアが不思議そうに見ている。
キャンディは再び窓の外へ顔を向けた。
客席ではなくていい。
挙式に「参列」しなくてもいい。
誰にも気づかれない場所が、もしあるのなら。
そこからなら――。
テリィを見ることができるかもしれない。
キャンディの胸が高鳴った。
まだ、できるかどうかは分からない。
そもそも、そんな場所があるのかも知らない。
だからまずは確かめなくては。
そしてキャンディの口元に、昔と変わらない悪戯っぽい笑みが浮かんだ。
あの頃、どうしてもテリィの舞台を見たかった自分には分かる。
見たいという気持ちは、「仕方がない」の一言だけでは、なかなか諦められないものなのだ。