キャンディのウェディングドレスが決まってから、数日後。今度はテリィが、エレノアとともにニューヨーク郊外の一軒家を訪れていた。車の窓から流れていく景色を眺めながら、テリィが言った。

「こんなところまで来なくてもよかったのに」

エレノアが顔を上げる。

「どういう意味?」

「俺の衣装なら、劇団から借りれば済む」

あまりにも当然のように言うので、エレノアは一瞬黙った。

「……借りる?結婚式の衣装を?」

「礼装ならいくらでもあるよ。俺の身体に合わせて作ったものだってあるし」

舞台では何度となく礼装を身につけている。衣装部へ話を通せば、結婚式に使えるものくらい簡単に用意できる。テリィにしてみれば、その方が合理的だった。

「駄目よ」

「何で?」

「キャンディは新品なのよ。花嫁が自分のために用意したドレスを着るのに、その隣に立つ花婿が劇団の借り物なんて、おかしいでしょう」

テリィは眉を寄せた。

「別にキャンディは気にしないと思うけど」

「キャンディが気にするかどうかの問題ではありません」

ぴしゃりと言われる。テリィはしばらく母を見ていたが、やがて諦めたように座席へ身体を預けた。

「分かったよ」

エレノアは何も言わなかった。ただ、窓の外へ視線を戻した。やがて車は、木々に囲まれた一軒家へ到着した。中へ入ったテリィは、部屋を見回す。

「ここでキャンディも選んだの?」

「ええ、そうよ」

今日はウェディングドレスの代わりに、男性用の礼装が並べられていた。

同じ白でも、生地の織りや光沢によって印象はまるで違う。シャツ、ベスト、タイ、靴までも揃えられている。テリィがその光景を見て、眉を上げた。

「……ずいぶん用意したな」

「さぁ、始めますよ」

仕立屋が近づき、まず採寸を始めた。テリィは舞台衣装で慣れている。

腕を上げ、身体の向きを変え、背筋を伸ばす。指示される前に次の動きをするほどだ。

「慣れてるわね」

エレノアが言う。

「何年、衣装合わせしてると思ってるんだよ」

やがて最初の一着を身につけた。明るい白。テリィが試着室から出てくる。

背が高く、肩幅のあるテリィには、白い礼装がよく映えた。鏡の前へ立つ。

「これでいいんじゃない?」

エレノアは少し離れたところから息子を見る。

似合っていないわけではない。むしろ、とてもよく似合っている。けれど頭の中に、キャンディの花嫁姿を置く。柔らかな白、飾りを抑えたドレス。金色の髪、その隣へ、今のテリィを立たせる。

この白では強すぎる。舞台の照明を受けるための衣装のように見えてしまう。

二着目。今度は少し黄みを含んだ、柔らかなアイボリー。テリィが鏡を見る。

「これは?」

エレノアはすぐには答えず、少し離れた場所からも見る。

「悪くないわ。でも他のものも着てみましょう」

三着目。試着室の扉が開く。エレノアの目が止まった。

ごく淡いアイボリーホワイト。一見すれば白。けれど、光を受けると柔らかな温かみが浮かぶ。過度な光沢はなく、上着の線も端正だった。テリィの長身を美しく見せながら、決して華美にはならない。

白いシャツに同系色のベスト。タイには、ごく淡いシルバーを入れる。

エレノアは何も言わず、テリィを見つめた。

「……何?」

「少し待って」

頭の中に、キャンディを立たせる。エレノアの表情が変わった。

「これね」

「決まり?」

「ええ」

テリィは鏡を見る。エレノアはテリィの隣へ立った。

「結婚式は一人で立つものではないでしょう?」

テリィが鏡越しに母を見る。

「二人が並んだ時に、ひとつの姿になるのよ」

エレノアは頭の中で、もう一度キャンディを隣へ置いて、そして頷いた。

「これなら大丈夫。キャンディの隣に立てるわ」

テリィが少し照れたように鏡へ視線を戻す。

「……そっか」

仕立屋が袖丈や肩の位置を確認し始めた。この衣装をもとに、テリィの身体へ合わせて一から仕立て直すことになる。

「ここをもう少し」

エレノアが袖口を指す。

「それから肩は、この線を崩さないで」

「承知しました」

仕立屋がいったん別室へ下がった。広い部屋に、母と息子だけが残る。

テリィはまだ白い礼装姿のまま、鏡の前に立っていた。舞台でなら、珍しくもない姿だったが、今日は、何かが違う。

「……変な感じだな。こういう格好、何度もしてるのに」

テリィは自分の姿を眺める。エレノアはその言葉に、少しだけ目を細めた。

「本当に結婚するんだな」

エレノアの表情が柔らかくなる。テリィが振り返り、何気ない口調で言った。

「……式、来たかった?」

エレノアの手が止まった。

「どうしたの、急に」

「キャンディが気にしてたから」

エレノアは視線を落とした。

テリィが自分の息子であることをエレノアは世間に知られることに抵抗はない。むしろ、息子だと言いたいと思っている。

だが、テリィの父、グランチェスター公爵には妻がいる。いくら、その妻と知り合う前にテリィが生まれたとはいえ、そちらの家族の許可なしに明らかにすべきではないとエレノアは考えていた。もちろんこのことはテリィも理解している。

「それは、仕方のないことよ。でも、私はこうして、あなたとキャンディの支度をすることができた」

テリィは黙っている。エレノアは微笑んだ。

「それで十分よ」

テリィは母を見た。本当にそう思っているようにも見える。けれど、ほんの少しだけ。その笑顔の奥にあるものを、テリィは感じた。

「……母さん」

「なあに?」

「いろいろありがとう」

エレノアの瞳が揺れた。

「ええ」

テリィが試着室へ向かおうとすると呼び止められ、振り返った。

エレノアは、もう一度息子を見る。

本来なら当日。教会でこの姿を見たかった。

キャンディがバージンロードを歩いてくる時の、この子の顔も、二人が祭壇の前に並ぶ姿も見たい。

けれど、その言葉は口にしなかった。

「よく似合っているわ」

代わりに、そう言った。

テリィは少しだけ笑った。

「母さんが選んでくれたものだからな」

そして試着室へ入っていく。

扉が閉じたあとも、エレノアはしばらくその場所を見つめていた。