二日後。キャンディはエレノアの迎えの車に乗った。窓の外を流れていく景色は、少しずつ変わっていく。建物が密集する街並みを抜けると、道幅が広くなり、やがて木々の間に大きな屋敷が点在するようになった。

「結構遠いんですね」

キャンディが尋ねると、隣に座るエレノアが笑った。

「もうすぐよ。着けばわかるわ」

キャンディは少し不安になりながらも、どこか楽しんでいた。

やがて車が大きな門を抜けた。木々に囲まれた道を進んだ先に、一軒の家が見えてくる。白い壁に大きな窓。二階建ての、落ち着いた雰囲気の邸宅だった。

「ここですか?誰かのお家みたい」

「そう見えるように造られているのよ」

車が玄関前で止まる。エレノアが先に降り、キャンディも続いた。

「映画の撮影で使う家、ハウススタジオよ。外も中もね。普通の家として使うこともあれば、壁紙や家具を替えて全く別の家にすることもあるわ」

キャンディは感心したように建物を見上げた。中へ入った瞬間、キャンディの足が止まった。

「……わあ」

思わず声が漏れる。広い居間には、何着ものウェディングドレスが並んでいた。

白に象牙色。わずかに銀色を帯びたものや真珠のような淡い光沢を持つもの。レースをふんだんに使ったものもあれば、驚くほど飾りの少ないものもある。

壁際の大きなテーブルには、生地見本やレース、リボンが並び、その隣には箱に入ったヴェール。別のテーブルには手袋や小さな髪飾りまで用意されている。キャンディは入り口に立ったまま、呆然と眺めていた。

「これ、全部あなたのために用意したのよ」

「全部、私のために?」

エレノアは平然としている。

「これでも減らしてもらったのよ」

キャンディは思わず振り返った。エレノアは楽しそうに笑っている。

部屋にはすでに数人の女性が待っていた。仕立屋と、その助手たちらしい。エレノアが一人ずつ簡単に紹介する。いずれも彼女が映画や舞台衣装で長く付き合ってきた人たちだった。

「今日ここにいる方たちは、みんな信用できる人よ。私たちのことが外へ漏れる心配はしなくていいわ」

キャンディは少し緊張しながら頭を下げた。

「よろしくお願いします」

仕立屋の女性が柔らかく微笑む。

「こちらこそ。ミス・アードレー」

やがて採寸が始まった。キャンディは何度も身体の向きを変えさせられながら、されるがままになっていた。

「なんだか健康診断を受けているみたい」

思わず呟く。後ろからエレノアの笑い声がした。

「身体に合っていなければ、どんなに綺麗なドレスでも台無しよ」

採寸を終えると、いよいよドレスを見ることになった。キャンディは一着ずつ眺めていく。どれも綺麗だった。キャンディは困ったように笑った。

「全部綺麗で、選べないですね」

「それなら、一つずつ着てみましょうか」

エレノアは並んだドレスを眺めた。そして、すっと一着を指さす。

「これは外しましょう。それも要らないわ」

どうして分かるんですか?まだ私、着てもいないのに」

エレノアは不思議そうにキャンディを見る。

「あなたには、似合わないからよ」

あまりに当然のように答えるので、キャンディは言葉を失った。エレノアはキャンディの身体を改めて見る。

「あなたは肩が華奢でしょう。でも腰はちゃんと女性らしい線がある。だから上半身に飾りを集めすぎると、あなた自身よりドレスが先に見えるの」

キャンディは自分の身体を見下ろした。

「それに、その髪」

エレノアがキャンディの金色の髪へ目を向ける。

「レースを重ねすぎると、髪の柔らかさが消えてしまうわ」

「そんなことまで……」

「衣装は、何年見てきたと思っているの?」

少し誇らしげな顔。そこにはテリィの母ではなく、世界的な女優エレノア・ベーカーの顔があった。

映画の衣装、舞台衣装。時代も身分も違う女性を何人も演じ、そのたびに何百着もの服を着てきた。

そのあと、最初の一着を試着した。柔らかなサテンに細かな刺繍が施され、裾には長いトレーンが続いている。

試着室から出たキャンディを見て、仕立屋たちは口々に褒めた。

「とてもお似合いです」

「綺麗ですわ」

キャンディは鏡の前に立った。確かに綺麗だった。自分ではないように見える。

「……すごい」

エレノアは少し離れた場所から黙って見ている。

「どうですか?」

キャンディが尋ねる。

「うん。似合っているわね」

うれしくなって、もう一度鏡を見る。

二着目は、細かなレースが胸元から袖まで広がる、優雅なドレス。キャンディが出てくると、エレノアはすぐに首を振った。

「これは、違うわね。あなたがドレスに着られているわ」

キャンディは鏡を見るが、自分にはよく分からない。その後も何着か試し、着替えるたびに、キャンディは少しずつ疲れていった。

「花嫁って……大変ですね」

試着室から戻りながら呟く。

「まだ始まったばかりよ」

キャンディはソファへ座り込んだ。テーブルに用意されていた紅茶を飲み、ようやく息をつく。エレノアはまだドレスを見ている。

「エレノアさんは疲れないんですか?」

「撮影なら、一日にもっと着替えることもあるわ」

「私は、女優にはなれないです……」

その言葉にエレノアは、今日一番笑った。

そんな会話をしながら、キャンディは紅茶を口へ運んだ。

ふと、部屋の端に置かれた一着が目に入った。これまで着たものに比べると、ずいぶん簡素だった。

光沢を抑えた柔らかな生地。胸元も袖も飾りすぎていない。腰から落ちる線がすっきりとしていて、裾には細いレースがほんの少し。派手ではないけれど、なぜか目が離れなかった。

キャンディは紅茶を置いて立ち上がると、そのドレスの前へ歩いていった。

「これ……」

指先で、裾のレースにそっと触れる。エレノアがその様子を見ていた。

「着てみる?」

キャンディは頷いた。試着室へ入る。しばらくして、キャンディが姿を見せ、鏡の前へ立った。最初に着たサテンのドレスほど豪華さはない。

でも――。

「……これ、好きです」

キャンディは鏡の中の自分を見つめた。エレノアは仕立屋を見る。

「これは残しておいてください」

キャンディが試着室へ戻ろうとすると、エレノアがもう一着を指した。

「あちらも残しましょう」

キャンディが見る。最初に着た、柔らかなサテンのドレスだった。

さらにもう一着。細身のシルエットに、腰から下だけ控えめな刺繍が入ったもの。

キャンディは三着を見比べた。エレノアが笑う。

「一度家へ帰って、何日か経って、それでももう一度着たいと思うものを選びましょう」

キャンディは納得したように頷いた。

部屋を出る頃には、窓から差し込む光がずいぶん傾いていた。ニューヨークへ戻る車が、静かに走り出す。

キャンディはふと思った。ウェディングドレスを選んでいるはずなのに、自分は少しずつ、エレノアという女性のことも知り始めている。

そしてきっとエレノアもまた、少しずつ自分を知ろうとしてくれている。

挙式まで、あと数週間。花嫁支度は、まだ始まったばかりだった。