マイケルが耐えきれず、肩を震わせる。
「……まさかお前ら」
テリィが低い声を出した。二人は黙っている。記憶が蘇った。千穐楽の楽屋、キャンディとの会話。テリィの顔から、すっと表情が消えた。
「聞いたのか」
「不可抗力だよ!」
ケビンが即座に言った。マイケルも続く。
「俺たちは普通にお前の楽屋へ行っただけだ、扉が開けたのは俺たちのせいじゃないからな!」
「しかも、入らずにちゃんと閉めてやったし」
テリィは額へ手を当てた。
「最悪だ……」
二人はついに声を上げて笑った。
「いやあ、あれはすごかったな」
「うん、めちゃくちゃ甘かった」
「やめろ」
「『舞台のテリィも、笑ってるテリィも――』」
「それ以上言ったら殴るぞ」
「暴力反対!」
二人の笑い声が店の奥に響いた。やがてテリィも諦めたように笑い出す。グラスを持ちながら二人を見る。
「で?それを黙ってる代わりに何が欲しいんだ」
ケビンとマイケルは顔を見合わせた。
「話が早い」
「美味いもの奢れ」
「却下」
「じゃあ今日ここ、お前持ち」
「なんでだよ」
「秘密保持料」
テリィは呆れた顔をした。
「勝手に聞いたくせに」
「だから不可抗力だって!」
また笑いが起きた。今度はテリィが言った。
「ところで。人のことばっかり聞いてるけど、お前らはどうなんだよ。お前らの女事情」
今度はマイケルとケビンが黙った。テリィの口元が上がる。
「いや、俺は……」
マイケルが目を逸らした。
「今の間はいるだろ」
「いないって」
ケビンまでマイケルを見る。
「誰?劇団?」
「違う」
「じゃあ外?」
「だからいない!」
必死になるほど怪しい。テリィとケビンは顔を見合わせた。
「これはいるな」
マイケルは諦めたようにグラスへ口をつける。
「……まだ何もないんだよ」
「だから誰?」
「言わない」
「俺の話は聞いたくせに?」
「俺は聞こうとして聞いたんじゃない!」
三人はまた笑った。テリィが標的を変える。
「じゃあケビン、お前は?」
「俺は自由を愛してる」
「一番怪しい答えだな」
「この前、花屋の前で女といたよな」
マイケルが突然言った。ケビンが固まる。
「誰だよ」
今度はテリィが身を乗り出す。
「妹」
「お前、妹いないだろ」
「従妹」
「嘘つけ」
形勢逆転。ケビンは頭を抱えた。
「なんで俺の話になってるんだよ」
テリィは楽しそうだった。
「俺だけ散々からかわれたんだから」
「俺たちはまだ、そういう段階じゃないんだよ」
マイケルが聞き逃さなかった。
「今、俺たちって言ったな」
「言ってない」
「聞こえた」
「……お前ら、本当に嫌いだ」
「奇遇だな。俺も今日のお前らは嫌いだよ」
もちろん、誰も本気にはしていない。
それからも三人は飲み続けた。舞台の話へ戻ったかと思えば、いつの間にか女の話になり、そこからまた芝居の話へ戻る。
三人とも、それぞれの人生が舞台の外にもある。恋をしている者もいれば、まだその入り口に立っている者もいる。
それでも舞台へ上がれば、互いを誰よりよく知る仲間だった。
誰かの芝居がよければ素直に認める。違うと思えば理由を聞く。悩んでいれば、黙って酒を差し出す。そんな関係を、三人は作ってきた。
やがて時計を見たマイケルが声を上げた。
「うわ、もうこんな時間か」
ケビンも時計を見る。テリィは椅子から立ち上がった。
「じゃあ帰る。明日から若い奴らの稽古が始まるから」
「真面目だねえ、新郎」
「うるさい」
コートを手にしたテリィへ、ケビンが最後に声をかけた。振り返ると、意味深な顔をしたケビン。嫌な予感しかしない。
「テリィ、全部好き!」
「……」
マイケルが吹き出す。テリィは数秒黙ったあと、財布を取り出し、テーブルへ勘定分の金を置く。
「やっぱり今日、俺は自分の分しか払わない」
「ええっ!」
「秘密保持料は!?」
「契約違反しただろ、今」
そう言って店を出ていく。残された二人は顔を見合わせた。数秒後、同時に笑い出した。
店の外へ出たテリィにも、その笑い声は聞こえていた。
「まったく……」
呆れながら歩き出す。けれど、その口元には笑みがあった。
千穐楽を終えた舞台の話をして、互いの芝居について遠慮なく語って、くだらないことで笑って、少しだけ恋の話をして、いつもと変わらない、三人の夜だった。