キャンディがニューヨークを発ってから、数日が過ぎた。
劇団では千穐楽の慌ただしさもようやく落ち着き、次の仕事へ向けて、それぞれが動き始めている。
そんな日の夕方、稽古を終えて着替えていたテリィの楽屋へ、マイケルとケビンが顔を出した。
「テリィ、今日行こうぜ」
シャツの袖口を留めながら振り返る。
「どうだ?」
マイケルも続ける。
「千穐楽から、まだまともに飲んでないだろ?」
言われてみればそうだった。いつもなら公演が終わり、少し日が経った頃、誰からともなく声を掛ける。
そして三人で酒を飲みながら、終わったばかりの舞台について話すのが、いつの間にか恒例になっていた。
今回は千穐楽にキャンディが来ていたことや、テリィが千穐楽後から数日休暇を取っていたこともあり、そんな時間を持てずにいたのだ。
テリィはジャケットを羽織る。
「行くよ。ちょうど飲みたかった」
「決まり」
三人は揃って劇場を出た。
店は、劇場街から少し離れた馴染みの酒場だった。
華やかな客が集まる店ではないが、役者や舞台関係者が仕事を終えたあと、静かに酒を飲める場所で、三人も何度となく訪れている。
奥の席へ腰を下ろし、酒が運ばれてくる。
「とりあえず」
マイケルがグラスを持ち上げた。
「千穐楽、お疲れ」
「お疲れ様」
そう言いながら、テリィもケビンもグラスを上げ、三つのグラスが軽く触れた。
一口飲んだところで、ケビンが早速切り出した。
「で、俺は聞きたいことがある。第三幕についてだ」
テリィの表情が変わり、一瞬で役者の顔になる。
「あそこか」
「そう。最後の一週間、お前、間を変えただろ?」
「ああ」
「やっぱり」
ケビンが身を乗り出した。
「俺、舞台袖で観てて気づいた」
マイケルも頷く。
「俺は隣にいたから分かった。台詞に入る前、一呼吸長くしたよな」
「長くしたというより、急がないようにした」
「なんで?」
テリィは少し考えた。
「それまでは、あそこで相手の言葉を受けた瞬間に答えを出してた。でも……違う気がしたんだ」
「どう違う?」
「答えはもう分かってる。でも、口にするまでに一度、自分の中で受け止める時間があるんじゃないかと思った」
ケビンはしばらく黙ってから頷いた。
「なるほどな」
「俺は前の方も好きだったけど」
マイケルが言う。
「俺も」
テリィは笑った。
「じゃあ変えない方がよかった?」
「いや」
二人が同時に否定する。
「違うんだよ」
マイケルはグラスを置いた。
「前の方は感情がそのまま出ていてよかった。でも変えた方は、観客が考える時間ができた」
「そう、それ」
ケビンが指を差す。
「俺もそう思った」
三人の話は、そこから止まらなくなった。台詞の間や視線の置き方。相手役から受け取ったものを、どこまで表へ出すか。
同じ役でも、演じる人間によってまったく違うものになること。
テリィとマイケルは同じチームで舞台に立っているがケビンは別チームだ。だからこそ、ケビンには二人には見えないものが見えることがある。
逆に、舞台の上で直接ケビンと芝居をしていないからこそ、テリィやマイケルも客席から彼の芝居を冷静に見ることができた。
「ケビンのあそこ、俺なら逆にするな」
テリィが言った。
「どこ?」
説明すると、ケビンは眉を上げる。
「なんで?」
「その方が、次の台詞が生きると思う」
「ああ……なるほど」
しばらく考え込む。
「でも俺は、前の場面から感情が切れてないと思ったんだよ」
今度はテリィが考える。
「それなら分かる」
「だろ?」
「うん。ただ俺なら――」
誰も、相手の芝居を簡単に否定しない。
違うと思えば、なぜそう演じたのかを聞き、聞けば、なるほどと思うこともある。
それでも自分なら違う選択をすると思うこともある。
そうやって何年も、三人は互いの芝居を見てきた。
気づけば二杯目のグラスも半分ほどになっていた。
「やっぱり面白いな」
マイケルが言った。
「三人とも考えてることが違う」
テリィが言う。
「同じだったら気持ち悪いだろ。三人とも同じところで同じ顔して、同じ間で喋ってたら」
想像したのか、ケビンが吹き出した。
「それは嫌だな」
三人で笑う。しばらくして、舞台の話が一段落した頃だった。
ケビンがグラスを揺らしながら言った。
「そういえばさ、俺たち…というか俺はベストマンなんだよな」
テリィがちらりと見る。
「ああ。その日はよろしく頼むよ」
「ベストマンとしては、知っておかないとならないことがあると思うんだ」
至って真面目な顔でケビンは言う。
「知っておかないとならないこと?」
ケビンの口元が、ゆっくり持ち上がった。マイケルも妙に澄ました顔になる。
「たとえば……花婿は花嫁のどこを好きなのか、とか」
テリィが怪訝な顔をした。
「何だ、それ。そんなこと知らなくてもベストマンは務まるだろ?」
「いや、俺の場合は重要なんだ。たとえば……一番好きなところとか」
テリィの手が止まった。ケビンは笑いを堪え、マイケルも口元を押さえた。
「……お前ら」
テリィが二人を交互に見る。何かがおかしい。
「何を企んでる?」
「別に?何も」
二人とも目を逸らす。怪しい。ものすごく怪しい。
「じゃあ聞くけど」
ケビンが続けた。
「一番があるってことは、二番もあるよな?」
その瞬間、テリィの表情が止まった。