その言葉を聞いた瞬間、テリィの胸の中で、何かがはっきりした。
――この人は。
キャンディを、ずっと愛してきたんだ。
恋ではない、少なくとも、始まりは。
泣いていた幼い少女を覚えていた。
苦しい境遇にいると知れば放っておけなかった。
危険な場所へ送られると知れば、すぐに手を差し伸べた。
そして一度助けるだけでは足りないと思い、二度と誰かの都合で人生を決められないよう、自分の家族にした。
そこまで誰かを思えるものなのか。
テリィはふと、自分自身のことを考えた。
自分はキャンディを愛している。
触れたいし抱きしめたいし、そばにいてほしい。
自分を見ていてほしい、誰にも渡したくないと思っている。
キャンディには幸せになってほしい。
けれど、その幸せの中には自分がいたい。
一緒に作りたい。
なら、アルバートは?
テリィは無意識にアルバートの横顔を見つめた。
これほど深くキャンディを思っていて、彼女の人生をずっと見守ってきて、本当に、一度も一人の女性として自分のものにしたいと思ったことはないのだろうか。
そう考えた瞬間、テリィは自分で自分に呆れ、小さく息を漏らした。
何を考えてるんだ、俺は。
結局、自分がキャンディをそういう対象として見ているからだ。
だから、そこまで深く愛しているなら、アルバートにも同じような気持ちがあるのではないかと考えてしまう。
人を愛する形が一つではないことくらい分かっているのに。
それでも、どうしても気になった。
「どうしたんだ?」
アルバートがこちらを見る。
「いえ」
テリィは一度首を振った。けれど、やはり聞きたかった。
グラスを置き、アルバートを見る。
「アルバートさん」
「うん?」
「……一つ、聞いてもいいですか」
「もちろん」
「失礼なことかもしれませんけど」
アルバートが静かに待っている。
テリィは一度息を吐いた。
「アルバートさんは――キャンディのことを、女性としてどう思ってますか?」
アルバートの目がわずかに動いた。
すぐには答えなかった。
「女性として、か……」
問いを自分の中へ落とすように呟く。
その沈黙が思いのほか長く、テリィは少し気まずくなった。
「すみません。やっぱり、変なことを聞きました」
「いや」
アルバートは穏やかに首を振った。
そして、しばらく考えてから言った。
「キャンディを養女にしたとき、そんな気持ちはなかったよ。それだけは、はっきり言える」
迷いのない答えだった。
「キャンディはまだ子どもだった。助けたかった。それに……僕自身の家族にしたかった」
テリィは頷いた。
「でも」
アルバートはそこで言葉を切った。
「キャンディは、いつまでもあの頃の小さな女の子ではなかった」
テリィは黙っている。
「記憶を失い、自分がキャンディの養父であることさえ忘れて共に暮らしたあの頃……」
アルバートがここで言葉が止まり、グラスへ視線を落とした。
やがて、ほんの少し困ったように笑う。
「それを考えないようにしていた、というのが一番近いのかもしれない」
テリィの表情が変わった。
「考えないように?」
アルバートは静かに頷いた。
「僕はキャンディの養父だからね」
その言葉を聞いたとき、テリィの中で何かが引っかかった。
「彼女を守るために、僕が娘にしたんだ。だったら、その立場は僕自身が守らなければならない」
アルバートは淡々と話している。けれどテリィには、その言葉が妙に重く聞こえた。
キャンディを女性として見たことがないのではなく、見てはいけないと思ってきたのではないか。
――僕は養父なのだと、そうやって、自分自身を元の場所へ戻してきたのではないか。
テリィは何も言わなかった。
不思議なことに、テリィの胸には嫉妬だけが湧いたわけではなかった。
もちろん、面白くない。
自分が愛している女性を、ほかの男も一人の女性として意識していたのかもしれない。
しかもその男は、自分よりずっと昔のキャンディを知っている。
幼いキャンディ、少女だった彼女を助け、家族になった。
自分には決して持つことのできない時間だ。
それでも、アルバートを恋敵のようには思えなかった。
この人は、その感情を使ってキャンディを自分へ向かせようとはしなかった。
自分が養父であることを利用することもなかった。
むしろ、自分から線を引いた。
そして今、キャンディが自分との結婚を選んだことを、心から喜んでいる。
そこが、テリィにはどうしても不思議だった。
「アルバートさん」
テリィは少し考えた。
「キャンディを……自分で幸せにしたいと思わないということですか?」
アルバートは少し目を見開いた。
やがて、静かに言った。
「僕がキャンディを幸せにする必要はないんだよ」
テリィは眉を寄せた。
「……それ、俺にはよく分からないです」
アルバートは微笑んだ。
「そうかい?」
「だって、好きなら自分で幸せにしたいと思うでしょう」
テリィにとっては、ごく当たり前のことだった。