アルバートはしばらく考えていた。

「僕はね、テリィ」

静かな声だった。

「キャンディを養女にしたとき、あの子を幸せにしてやろうと思ったわけじゃないんだ。僕がしたかったのは、誰にもあの子の人生を勝手に決めさせないことだったんだ」

テリィは黙った。

「誰かの都合で働かされることも、誰かの都合でメキシコへ送られることもない。どこで生きるか。何をするか。誰を好きになるか。誰と人生を歩くか。それを、キャンディ自身が選べるようにしてやりたかった」

その言葉が、テリィの胸に落ちた。

「僕はそのための場所を作りたかった」

「場所……」

「ああ。アードレー家の娘という立場があれば、少なくとも誰かが勝手に彼女の人生を決めることはできない」

アルバートは少し笑った。

「でも、その先まで僕が決めたら、結局あの子の人生を勝手に決めたことと同じことだろう?」

テリィは何も言えなかった。

確かにそうだった。アルバートがさらに言う。

「キャンディには、幸せになってほしい。でも、その幸せの形を僕が決めたいとは思わない」

「自分がその隣にいなくても?」

テリィは思わず尋ねた。

アルバートはまっすぐ彼を見る。

「そうだ」

迷いのない答えだった。

「僕の隣でなくていい」

テリィはしばらくアルバートを見つめていた。

「……やっぱり、俺には無理です」

テリィは苦笑した。

「キャンディが幸せなら、俺じゃない男の隣でも構わないなんて、絶対に嫌です」

アルバートが吹き出した。

「ずいぶんはっきり言うね」

「だって嫌なものは嫌でしょう」

「僕に同意を求められても困るな」

「俺は、キャンディに幸せになってほしい。でも――」

テリィはグラスを置いた。

「その幸せを、一緒に作るのは俺でありたい」

言葉にすると、ひどく単純だった。

けれど、それが自分の愛し方なのだと思った。

「朝起きたら隣にいてほしいし、くだらないことで喧嘩もしたい。あいつに振り回されるのも、これからずっと俺がいい」

アルバートが笑った。

テリィも少し笑う。けれど、すぐに真面目な顔になった。

「だから、アルバートさんみたいには考えられないです」

アルバートは穏やかに言った。

「それでいいんじゃないかな。君はキャンディと一緒に幸せになりたいんだろう?」

「はい」

「キャンディもそう望んでいる」

テリィは黙って彼を見る。

「だったら、それで十分だよ」

その言葉には、寂しさも強がりも感じられなかった。

だからこそ、テリィは改めて思った。

この人は、自分がキャンディの人生の主役になろうとはしていない。

幸せな家庭を作ることも、誰かを愛し、愛されることも、その相手を選ぶことさえ、すべてキャンディ自身へ返している。

そして今、その相手に選ばれたのが自分なのだ。

テリィはふと、妙な重みを感じた。

任された、とは違う。

キャンディが選んだからこそ、その選択を後悔させたくないと思った。

テリィは少し考えてから尋ねた。

「じゃあ……もし俺が、キャンディを不幸にしたら?」

アルバートの目がわずかに細くなった。

「それは困るね。そのときは、養父として何か考えなくちゃならないかな」

穏やかな声だった。

テリィはアルバートを見る。

冗談なのか本気なのか、よく分からない。

「……怖いこと言いますね」

「君のお父上ほどではないと思うけど」

一瞬の沈黙、そして二人は同時に笑った。

笑いが収まると、テリィはグラスに残ったワインを見つめた。

胸の奥にあった妙な引っかかりは、いつの間にか形を変えていた。

アルバートが自分よりずっと昔のキャンディを知っていることへの羨ましさはある。

それに、この人がキャンディを一人の女性として意識したことがあるのかもしれないと知って、何も感じないほど物分かりのいい男でもない。

嫉妬は、確かにある。

けれど、それ以上に感謝があった。

自分が出会うより前のキャンディを、この人が大切にしてくれていた。

自分のいなかった時間に、彼女へ手を差し伸べてくれた。

自分の人生を選べるところまで、彼女を守ってくれた。

その時間があったから、キャンディはキャンディのまま、自分の前へ現れたのだ。

テリィはグラスを置いた。

「アルバートさん」

「うん?」

「改めて言うのも変ですけど。キャンディを大切にしてくれて、ありがとうございます」

アルバートは一瞬、何も言わなかった。

やがて、その表情がゆっくりと和らいだ。

「こちらこそだよ」

今度はテリィが目を瞬かせる。

「え?何がです?」

「この広い世界の中で、キャンディを見つけてくれて」

テリィは黙った。

アルバートは穏やかに続けた。

「そして、もう一度彼女のところへ戻ってきてくれて、ありがとう」

夜風が、二人の間を静かに通り抜けた。

テリィはしばらく答えられなかった。

やがて、ほんの少し笑った。

「……いいえ、それは俺の台詞です」

それだけを返した。

アルバートはキャンディの人生を守った。

けれど、その人生を自分のものにはしなかった。

そして今、キャンディは自分で選んだ道を歩こうとしている。

その隣に、自分を選んだ。

テリィはそれを、今までより重く、そして何よりうれしく感じていた。