テリィは拳を握った。

何か言おうとしてやめた。何を言ったところで、あの日を消せるわけではない。

「理由は新聞で知った。でもだからと言って、あんな状態でシカゴへ帰ってきたのか、それはわからなかった」

しばらくしてから、低く言う。

「しばらくして、アニーから聞いた。あの日、スザナさんが自ら命を絶とうとして、それをキャンディが止めたことを」

アーチーは小さく首を振った。

「だから事情は分かってる」

テリィは黙っている。

「君がただキャンディを捨てたんじゃないことも分かってる。君も苦しかったんだろうってことも」

その言葉に、テリィの表情がわずかに動いた。だがアーチーは、すぐに続けた。今までとは違う強さが声に宿る。

「でも。理解することと、納得することは違う。頭では分かるんだ」

アーチーの声が少しずつ熱を帯びていく。

「キャンディ自身が決めたことだ。君だけが悪かったわけじゃない。誰か一人を責められるようなことじゃなかった」

拳がさらに強く握られ、声が震えた。

「そんなことくらい、分かってる。でも新聞でも雑誌でも、君を見ると、どうしても、あの日のキャンディを思い出すんだ」

テリィは静かに受け止めていた。

「婚約したと手紙にあったとき、また君が泣かせるんじゃないかと心配になった」

アーチーの声が、初めて感情を露わにする。

「またキャンディが傷ついて、一人で全部抱え込んで、誰にも何も言わずに、自分だけ……!」

応接間に声が響く。

「そう思うと……!」

そこで言葉が途切れた。アーチーは顔を背けた。

しばらく、夏の庭から聞こえる音だけが二人の間を流れた。

テリィは何も反論しなかった。

やがてアーチーは大きく息を吐いた。

「正直に言うよ」

静かな声へ戻り、テリィの目をまっすぐ見る。

「キャンディから婚約したって聞いたとき……最初は反対だった」

テリィはわずかに頷いた。

「そうだろうと思った」

アーチーが少し驚く。

「怒らないのか?」

「なんで」

テリィは静かに答えた。

「俺が君の立場だったら、同じことを思ったかもしれない」

アーチーは何も言えなくなった。テリィは窓の向こうへ目を向ける。

「俺は、あの日のことを忘れない」

アーチーが見る。

「彼女を傷つけたことも。彼女と離れたあと、自分がどうなったかも。だから……だからこそ、もう二度と同じことはしない」

「……約束できるのか?」

その問いに、テリィはすぐには答えなかった。しばらく考えてから言う。

「キャンディを一度も泣かせない、なんて約束はできない」

アーチーが眉を寄せた。

「結婚して生きていけば、喧嘩だってするかもしれない。俺が間違うこともあると思う」

静かだが、迷いのない声だった。テリィはアーチーを見る。

「でも、泣いてるキャンディを一人にはしない」

アーチーの瞳が揺れる。

「今度は、必ず俺も一緒にいる」

それは美しい誓いの言葉ではなかった。けれどアーチーには、その方がずっと信じられた。

「何かあれば話しあう。決して逃げない。キャンディにも、一人で抱え込ませない。あいつの人生を俺が幸せにしてやるなんて、そんなことを言うつもりはない」

アーチーは黙ったまま聞いている。テリィの声が少し柔らかくなる。

「ただ、キャンディと一緒に幸せになりたい」

その言葉にアーチーはゆっくり目を閉じた。8年前、どれほど願っても、自分にはどうすることもできなかった。

ベッドの上で熱に浮かされ、別の男の名前を呼び続けるキャンディのその手を握ることしかできなかった。

あのとき、痛いほど思い知らされた。キャンディの心の中にいる男は、テリィなのだと。それは、何年経っても変わらなかった。

そして今、キャンディはもう一度、その男を選んだ。

「……敵わないな」

アーチーが呟いた。

テリィは何も言わなかった。

アーチーは少しだけ寂しさを含んだ、それでも穏やかな笑みだった。

「長い間離れてたのにな。結局キャンディは、君だった」

その言葉には、長い年月をかけてようやく受け入れたものがあった。

アーチーは立ち上がると、ゆっくり右手を開いた。

そして、テリィへ差し出す。

「……キャンディを頼む」

テリィはその手を見つめた。

幼い頃からキャンディを見つめ続け、守りたいと思い続け、そして一度は、本気で愛した男の手。

簡単な祝福ではない、過去を許したという意味でもない。ただ、キャンディ自身が選んだ未来を、自分も受け入れる。そのために差し出された手だった。

テリィも立ち上がり、アーチーの手を強く握った。

アーチーも力を込める。

「……幸せにしてやってくれ」

「一緒に幸せになるよ。キャンディと」

テリィはまっすぐに見返していた。その答えを聞いて、アーチーは、ほんの少し笑った。

「……ありがとう」

握っていた手が、ゆっくり離れる。

そのとき、応接間の扉の向こうから、アニーの声が聞こえた。

「アーチー?」

二人は同時に振り返った。扉が開き、アニーが顔を覗かせる。

「アルバートさんがそろそろって……あら?」

彼女は二人を見る。

先ほどまでとは明らかに違う空気を感じたらしい。それでも何も聞かなかった。

アーチーはアニーへ向かって歩き出し、途中で一度だけ振り返った。

「グランチェスター」

「何?」

「今度は……キャンディと一緒に来いよ」

「ああ。必ず」

アーチーは頷いた。アニーもうれしそうに微笑む。二人が応接間を出ていく。

テリィは一人、窓辺へ歩いた。

ここで受け取ったもの、養父から託された想い、アーチーから託された想い。

そのすべてを背負うということではないが、ただ、忘れないでいようと思った。

キャンディが、自分の知らない場所でも、自分の知らない年月の中でも、ずっと誰かに守られ、愛されながら生きてきたことを。

そして今度は、その人生の隣を歩くのが、自分なのだということを。