翌年。その日の若手俳優たちの稽古を終えたテリィが楽屋へ戻ると、いつものようにマイケルとケビンが楽屋にいた。テリィには、今日は二人へ話しておきたいことがあった。

「お前たちに話がある」

その声にマイケルが顔を上げた。ケビンも新聞から目を離す。

「珍しいな。改まって」

「挙式の日取りが決まった。3月14日、空けといてくれ」

テリィの表情は、照れくさそうではあるが、それ以上にうれしそうだった。

ケビンが立ち上がり、テリィの肩を軽く叩く。

「わかった。おめでとう、テリィ」

続いてマイケルも手を差し出した。

「俺ももちろん空けておくよ。本当におめでとう」

「ありがとう」

テリィはその手を握り返した。長い付き合いだからこそ、余計な言葉はいらなかった。

二人は、テリィがこれまでどんなふうに生きてきたかを少なからず知っている。だからこそ、二人は素直にうれしかった。テリィは少し言いにくそうに間を置いた。

「それで……ベストマンを頼みたい」

マイケルとケビンが同時に黙った。

「……誰に?」

ケビンが聞く。テリィは二人を見た。

「お前たちに」

マイケルが首を傾げる。

「ベストマンは1人だろ」

二人は顔を見合わせた。テリィは少し困ったように笑った。

「俺には選べないんだ。お前たちは二人とも大事な仲間だし、親友だと思ってる。どっちか一人を選べって言われても、正直決められない」

普段なら滅多に口にしない言葉だった。だからこそ、マイケルもケビンも一瞬何も言えなくなった。

「だから、お前たちで決めてくれないか」

せっかく少し感動しかけていた二人の表情が、一瞬で変わった。マイケルが眉を寄せる。

「なんで最後だけ俺たちに投げるんだよ」

「俺が決められないからだよ」

「お前の結婚式だぞ」

テリィは悪びれることなく笑った。

「話し合えば決まるだろ」

「そんな簡単に言うなよ」

「頼んだ」

そう言ってテリィはコートを手に取った。

「おい、テリィ」

「じゃあまた明日」

「逃げるな!」

背中に二人の声を受けながら、テリィは笑って楽屋を出ていった。

残されたマイケルとケビンは、しばらく閉まった扉を見つめていた。やがてマイケルがため息をつく。

「……どうする?」

「どうするって、決めろって言われたんだから決めるしかないだろ」

「じゃあ、お前やれよ」

「いや、お前がやればいい」

「俺はいいよ」

「俺だっていい」

そこで会話が止まった。

互いに譲れば簡単に決まると思っていたのに、いざとなるとどちらも相手に譲ろうとする。マイケルはテリィとケビンが一緒に舞台へ立ってきた年月を知っているし、ケビンもまた、テリィとマイケルの間にある信頼を知っていた。

だからこそ、自分がやるとは言いにくかった。

話せば話すほど決まらない。やがてケビンが椅子の背へ身体を預け、天井を見上げた。

「……これ、一生決まらないぞ」

「俺もそんな気がしてきた」

マイケルが笑った。

二人はしばらく考え込んだが、やがてケビンが何かを思いついたようにポケットへ手を入れた。取り出したのは、一枚のコインだった。

マイケルがそれを見て目を細める。

「まさか」

「じゃあ、ほかに方法あるか?」

そう聞かれ、マイケルは考えた。そして数秒後、真顔で答えた。

「……ないな」

さっきまで互いを気遣っていた二人が、今度は妙に真剣な顔でコインを見つめる。

「表が俺、裏がお前」

「勝ったほうがベストマン?」

「ああ。一回勝負」

ケビンがコインを親指へ乗せた。軽い金属音とともに弾かれたコインが、楽屋の灯りを受けながら宙を舞う。やがてケビンの手の甲へ落ち、もう片方の手が素早く覆った。

二人は顔を見合わせ、ケビンがゆっくり手をどける。二人の視線が、そこへ落ちた。

一瞬の沈黙のあと、マイケルが吹き出した。

こうして、テリュース・グレアムの結婚式で新郎の隣に立つ男は、本人の知らないところで、一枚のコインによって決められた。

翌日の稽古後。テリィが楽屋へ戻ると、マイケルとケビンがやって来た。

「決めたぞ」

マイケルが言う。テリィが二人を見る。するとケビンが一歩前へ出た。

「俺がやる」

テリィは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに穏やかに笑った。

「そうか。頼む、ケビン」

二人は短く握手を交わした。それを見ていたマイケルが、横から付け加える。

「ちなみに、コインで決めた。話し合っても決まらないから」

ケビンが平然と答える。数秒、テリィは二人を見つめていた。やがて堪えきれなくなったように笑い出した。

「本当にコインで決めたのか?」

「誰のせいだと思ってるんだ」

「お前が俺たちに丸投げしたからだろ」

「悪かった。でも……」

テリィは笑いながらも二人を見た。

「どっちか一人なんて、やっぱり俺には選べない」

その一言に、マイケルとケビンは顔を見合わせる。マイケルが苦笑した。

「ベストマンはケビン。でも俺もちゃんと手伝う。それでいいだろ?」

テリィはうれしそうに頷いた。ケビンがふと思い出したように言った。

「キャンディさんには、この決め方を話すのか?」

テリィはすぐに答えた。

「もちろんだ」

「絶対それはやめろ」

二人から即座に返される。

「なんでだよ」

「決まってるだろ。こんな大事な役目をコインでなんて」

マイケルは困惑するが、テリィは楽しそうだ。

「どんな顔するか見たいから、言うよ」

「それ、俺たちは見られないだろ」

「じゃあ、あとで教えろよ」

「面倒くさいな」

そう言いながらも、テリィは笑っていた。