キャンディはしばらく彼を見つめたあと、小さく笑った。
「信じてるわ」
「ならいい」
「でもね」
「うん?」
キャンディは少し迷ってから言った。
「私だって……少しくらいは妬くのよ」
テリィの口元が緩む。
「それは許して」
「許すも何も」
「だって、あんな記事を何度も見せられたら……気にするなっていうほうが無理だもの」
「そうだな」
「あなたはロミオだし。格好いいし。有名だし」
キャンディは少し唇を尖らせた。
「私だって大変なんだから」
「何が大変?」
「テリュース・グレアムの婚約者でいること」
冗談めかして言ったつもりだった。
けれど、テリィは笑わなかった。
握っている手を、もう一度しっかりと包む。
「……そうだな」
その声が思いのほか真剣で、キャンディは目を上げた。
「何かあったら、ちゃんと話す。きみが新聞で知る前に、できるだけ俺から話す」
キャンディはその顔を見つめた。
やがて、ゆっくりと頷く。
「うん」
そして少しだけ笑った。
「じゃあ、私もちゃんと言う。妬いたときは、妬いたって」
テリィが吹き出した。
「そのほう助かる。平気な顔されるより、ずっといい」
キャンディも笑った。
けれど、テリィに握られた手の温もりを感じながら、キャンディは思っていた。
彼を信じているけれど、それでも不安になることはある。
愛されていると分かっていても、胸がざわつくこともある。
きっと、それでいいのだ。
大切なのは、不安にならないことではなく、不安になったとき、こうして二人で話せることなのだから。
キャンディはその手を、今度は自分から握り返した。
二人はしばらく見つめ合っていた。
さっきまで交わしていた言葉が、静かに胸の奥へ沈んでいく。
テリィを信じている。
テリィもまた、自分を信じてほしいと思っている。
それが分かっただけで、張りつめていたものが少しずつほどけていくようだった。
キャンディの瞳が柔らかく細められる。
それを見つめていたテリィも、ほんの少し微笑んだ。
そして、どちらからともなく、顔を寄せ、唇が重なる。
触れるだけの、優しい口づけ。
一度離れても、互いの瞳はすぐそばにあった。
キャンディが小さく笑う。
その笑顔に誘われるように、テリィはもう一度唇を重ねた。
今度は先ほどよりも長く、深く。
温もりを確かめるように。
キャンディの手が、そっとテリィの頬へ触れる。
その指先を感じながら、テリィは彼女を抱き寄せた。
「……キャンディ」
唇が離れたわずかな隙間で、名前を呼ぶ。
その声があまりにも優しくて、キャンディは胸がいっぱいになった。
「テリィ……」
それ以上の言葉はいらなかった。
再び唇が重なる。
今度はキャンディも、彼の首へそっと腕を回した。
離れていた時間、会いたかった夜。
手紙を書きながら声を聞きたいと思った日。
新聞の記事を見て、胸の奥がざわついたこと。
そして今日、舞台の上に立つ彼を見つめながら感じた誇らしさ。
いくつもの想いが、ひとつの口づけの中へ溶けていく。
テリィはキャンディのその身体をそっと横たえた。
見上げると、すぐそこに彼がいる。
舞台の上で何千もの視線を集めていた青い瞳が、今はただ一人、自分だけを見つめている。
テリィは彼女の額へ口づけた。
瞼へ、頬へ、そしてもう一度、唇へ。
ひとつひとつ、大切なものに触れるような口づけだった。
やがて唇が首すじへ移ると、キャンディは小さく息をついた、
テリィはただ愛おしむように、彼女の温もりを確かめていく。
キャンディも目を閉じ、その優しさへ身を委ねた。
不思議だった。
ほんの少し前まで胸の中にあった不安が、今はもう遠い。
新聞に何が書かれていても、どれほど多くの女性が彼を見つめていても、今、自分に触れているこの人の想いだけは疑いようがなかった。
「……テリィ」
もう一度、名前を呼ぶ。
テリィが顔を上げる。
キャンディはその頬を両手で包み、自分から口づけた。
その仕草に、テリィの瞳が柔らかく細められる。
「愛してる」
囁くような声だった。
キャンディは微笑んだ。
「……私も」
それから先は、言葉よりも温もりのほうが雄弁だった。
二人は互いを求め、互いを慈しみながら、静かに愛を確かめ合った。
窓の向こうには、冬のニューヨーク。
無数の灯りが夜の街を彩っている。
けれど今、キャンディの世界にあるのは、すぐそばにいるテリィの温もりだけだった。
そしてテリィにとっても同じだった。
舞台の上では、ロミオとしてジュリエットを愛した。
けれど幕が下りた今、彼の腕の中にいるのは、ずっと愛し続けてきたただ一人の女性。
その夜、二人は言葉では伝えきれない想いを、互いの温もりの中で静かに重ねていった。