窓が閉まると、途端に夜風が遮られ、部屋の温かさが身体を包んだ。
「まったく……」
テリィはキャンディの両腕を擦る。
「看護婦のくせに、自分のことになると適当なんだから」
「そんなに寒くなかったもの」
「こんなに身体冷えてるだろ」
「テリィが温めてくれればいいじゃない」
何気なく言ったあと、キャンディは自分で少し照れた。テリィも一瞬黙る。
「え?いや、その……」
テリィは笑い、キャンディを自分の胸へ引き寄せた。
「では、お言葉に甘えて」
少しイタズラっぽく言う彼。キャンディは小さく微笑んだ。
シャワーを浴びたばかりの身体は温かかった。
キャンディはその胸へ頬を寄せる。
聞き慣れた鼓動。ほんの少し前まで、舞台のことを考えていた心が静かになっていく。
「何を考えてたんだ?」
頭の上から声がした。キャンディは少しだけ黙った。
スザナのことだとは、言わなかった。
キャンディはテリィの胸に頬を寄せたまま答えた。
「……明日、帰るんだなって」
テリィの腕が、ほんのわずかに止まった。
「……ああ、そうだな」
低い声。キャンディは小さく笑った。
「来たばかりだと思ってたのに」
「俺も」
「早いね」
「そうだな」
それ以上、言葉が続かなかった。
実はテリィも朝から何度も考えていた。
ずっと頭の片隅にあった。
明日になれば、また、この部屋からキャンディがいなくなる。
会えたことが、こんなにもうれしいのに。
一緒にいられることが、こんなにも幸せなのに。
その幸福が大きければ大きいほど、終わりの時間が近づくことが寂しい。
不思議だった。会えなかった頃は一度でいいから会いたいと思っていた。
顔を見るだけでいい、声を聞くだけでいい。それ以上は望まない。
そう思っていたはずなのに。会えば、もっと一緒にいたくなる。一日一緒にいれば、もう一日ほしくなる。夜を共に過ごせば、次の朝も隣にいてほしくなる。
どんどん欲張りになっていく。
「……なんか変だね」
キャンディが小さく言った。
「何が?」
「会えたらうれしいのに。離れるのがもっと寂しくなっちゃった」
テリィは何も言わなかった。
「会えなかったときより、今の方が寂しいなんて……変でしょう?」
「変じゃないよ」
すぐに返ってきた。
キャンディが顔を上げる。テリィは彼女を見つめていた。
「俺も寂しいよ」
あまりにも素直な言葉だった。キャンディの瞳が少し揺れる。テリィは照れ隠しもしなかった。
「明日きみが帰るって考えると、嫌になる」
キャンディの胸が締めつけられる。
「テリィ……」
「でも帰るなとは言えないよな、さすがに」
キャンディにはキャンディの生活が、仕事がある。
それを分かっているからこそ、引き止めることはできない。
「だから余計に寂しいんだろうな」
キャンディは少しだけ目を伏せた。
「……うん。同じだね」
「ああ」
「二人とも同じ」
そのことが、少しだけ救いだった。
寂しいのは自分だけではない。
離れたくないと思っているのも自分だけではない。
キャンディはもう一度テリィの胸へ顔を寄せた。
テリィも彼女を抱きしめる。
しばらく二人はそのままでいた。
時計の音だけが聞こえる。
今夜が終わらなければいい。
そんな子どものようなことを、きっと二人とも考えていた。
やがてテリィが、キャンディの髪へ口づけた。
「キャンディ」
「なに?」
「もう寝ようか」
その声はとても優しかった。
キャンディは少しだけ彼を見つめ、それから頷く。
「うん」
テリィは彼女の手を取った。
指と指を絡め、そして寝室へ向かう。
明日になればまた離れる。それは変えられない。
けれど、今はまだ。同じ部屋にいる。
手を伸ばせば触れられ、名前を呼べば振り向いてくれる。
その時間を、悲しむためだけに使いたくはなかった。
寝室へ入ると、テリィはキャンディをそっと抱き寄せた。
視線が重なる。もう、どちらからともなくだった。
唇が静かに触れ合う。
一度離れてはまた重なる。
言葉にしなくても、伝わるものがあった。
寂しい。
離れたくない。
また会いたい。
そして、愛している。
そのすべてが、一つの口づけの中にあった。
テリィの腕がキャンディを包む。
キャンディもその背へ腕を回した。
次に会う日まで、このぬくもりを忘れないように。
互いの鼓動を覚えていられるように。
長い別れを経験した二人だからこそ知っている。
離れていても、想いが消えるわけではない。
けれど、だからといって、離れることが平気になるわけでもない。
むしろ今は、互いがどれほど大切なのかを知ってしまったから、離れる時間は、以前よりずっと切なかった。
それでも二人は、明日を怖がらなかった。
誰より近くで、互いのぬくもりを確かめながら、二人は残された夜を、静かに寄り添って過ごした。
次に会えるその日まで、この腕の温かさを、この鼓動を、この人が自分を抱きしめてくれた感覚を決して忘れないように。