朝の淡い光が、カーテンの隙間から静かに差し込んでいた。夜の名残を残す部屋には、まだ深い静けさが満ちている。
キャンディはゆっくりと目を覚まし、身体を動かそうとして、ふと止まる。
昨夜、何度も抱きしめられた感覚が、まだ身体のあちこちに残っていた。
腕に触れたぬくもりも、指を絡めた感触も、耳元で何度も囁かれた声も。思い出した途端、頬が熱くなる。
キャンディは小さく息を吐き、そっと顔を上げると、思わず息を呑んだ。目の前に、テリィの顔があったからだ。
テリィは静かに眠っている。長い栗色の髪が額へかかり、その下には閉じられた瞼。
こんなに近くで見ることなど、もちろん今までなかった。
(まつ毛……長いなぁ……)
キャンディは思わず見つめてしまう。
昨日までなら、こんなふうに眺めていることさえ恥ずかしくてできなかったかもしれない。
けれど今は、この距離にいてもいいのだと思うと、それだけで胸がいっぱいになる。
キャンディがほんの少し身体が動くと、その小さな動きに気づいたのか、テリィがわずかにみじろぎする。
「ん……」
ゆっくり瞼が開いた。青灰色の瞳が、すぐ目の前のキャンディを映す。二人の視線が重なった。一瞬、どちらも何も言わなかった。
昨夜なら、あれほど何度も互いの名前を呼び、愛していると伝え合ったのに。
朝になった途端、どうしていいのかわからない。
キャンディの頬がますます赤くなる。それを見たテリィが、先にくすっと笑った。
「……なによ」
小さく抗議するような声。だがテリィもどこか照れくさそうだった。いつものようにからかう言葉も出てこない。
代わりに、キャンディの腰へ回していた腕を少しだけ引き寄せる。キャンディも抵抗せず、その胸へ顔を寄せた。
昨夜、何度もこうして抱きしめ合った。なのに朝の抱擁は、どこか違った。
穏やかで、少し照れくさくて。それでも、離れたくなかった。
腕の中のぬくもりを確かめるように、しばらく抱きしめ合っていた。
やがてテリィが少し身体を離した。
キャンディが顔を上げるその瞬間、唇が重なった。
昨夜の名残を思い出させるような、深く、それでいて優しい口づけ。
キャンディの指が無意識にテリィの肩へ触れる。
ようやく唇が離れたときには、もう頭の中がぼんやりしていた。
テリィはそんなキャンディを見て、また小さく笑う。
「……朝から、ずるいわ」
「何が?」
「何が、じゃないわよ……」
キャンディは彼の胸を軽く押した。だが力などほとんど入っていない。
テリィは楽しそうに笑うと、もう一度キャンディの額へ軽く口づけた。
それから何事もなかったように身を起こすと、そのままシーツを抜け出した。
キャンディの目が大きく見開かれる。
「きゃっ!」
慌ててシーツを胸元まで引き上げる。
「て、テリィ!」
振り返ったテリィは、きょとんとしている。
「何?」
「何、じゃないわよ!」
キャンディは真っ赤になりながら叫んだ。
「なにか羽織ってよ!」
数秒の沈黙。そしてようやく意味を理解したらしいテリィが、自分の姿を見下ろす。
「ああ」
あまりにも平然とした返事だった。
「『ああ』じゃないわよ!」
キャンディはさらにシーツへ顔を埋める。
その様子を見て、テリィはとうとう声を立てて笑った。
「今さら隠すことでもないだろ」
「今さらでも恥ずかしいものは恥ずかしいの!」
シーツの向こうから返ってくる声に、テリィはますます笑う。
「分かった、分かった」
ようやく椅子に掛けてあったローブへ手を伸ばした。
それを羽織りながら、まだ顔を隠しているキャンディへ視線を向ける。
「もういいぞ」
恐る恐るシーツの端から顔を出すキャンディ。
ローブ姿になったテリィを確認して、ようやくほっと息をついた。
ところが次の瞬間、テリィがベッドへ戻り、シーツごとキャンディを抱きしめた。
「きゃっ……!」
「キャンディ」
耳元で名前を呼ばれる。
さっきまで笑っていた声が、今度は驚くほど優しい。
キャンディが振り向く。テリィは額を寄せて微笑んだ。
「改めて……おはよう」
それだけなのに、キャンディの胸が、またいっぱいになった。
キャンディもゆっくり笑った。
「……おはよう、テリィ」
テリィはその笑顔を確かめるように、もう一度そっと抱きしめた。
朝の光の中で交わす初めての挨拶。
それは二人にとって、昨夜のどんな愛の言葉にも負けないほど、幸せな響きを持っていた。
テリィはそのままシーツごとキャンディを抱きしめると、ふざけるように彼女の身体へくるくると巻きつけた。
「ちょ、ちょっと、テリィ!」
気づけばキャンディは、首から下をすっぽり白いシーツに包まれている。
それを見たテリィが、堪えきれず吹き出した。
「ミイラみたいだな」
「誰がよ!」
キャンディはもぞもぞと身体を動かすが、腕まで包まれてしまって思うように動けない。
テリィはそんな彼女を眺めながら、ますます楽しそうに笑う。
「そういえば、ブルックリン美術館でエジプトの展示をやってたっけ」
「だから何よ」
「そこに並べてあっても、不思議じゃない」
「テリィ!」
キャンディが真っ赤になって睨む。
悪びれる様子もなく、テリィはシーツに包まれたキャンディをもう一度抱き寄せた。
「でも、このミイラなら持って帰りたいな」
「もう!」
怒っているはずなのに、キャンディの口元にも笑みがこぼれる。
朝の静かな寝室に、二人の笑い声が小さく響いた。