ポニーの家へ来てから、三日目の朝を迎えていた。

6月末に公演を終え、次の仕事が始まるまでの短い休暇。

その限られた時間の中でポニー先生とレイン先生へ婚約を報告し、キャンディとともに過ごし、その後はシカゴへ向かってアルバートにも正式に挨拶をする予定になっている。

だから、のんびりしているようで、時間はいくらあっても足りなかった。

朝食を終えたキャンディが、テリィへ声をかけた。

「今日。マーチン先生と、カートライトさんの都合は良いそうよ」

「そっか。じゃあ行こう」

どちらもテリィには馴染みのある名前、キャンディの手紙に、これまで何度も登場している。

マーチン医師はキャンディが働いている診療所の医師、カートライトはポニーの家と長い付き合いのある牧場主だ。

午前の診療が一段落する頃を見計らい、二人は診療所を訪ねた。

扉を開けると、キャンディは慣れた様子で奥へ声をかける。

「先生、こんにちは」

そのまま何気なく机の上のカルテを整え、棚から少しずれていた薬瓶を元へ戻した。

休みの日だというのに、身体が勝手に動くらしい。

「キャンディ、今日は仕事じゃないだろう」

奥から出てきたマーチン医師が呆れたように言った。

「分かってますよ。でも、気になったんですもの」

「まったく……」

そう言いながらも、マーチン医師は笑っている。その様子を見ていたテリィも、思わず口元を緩めた。

ここでは、これがキャンディの日常なのだ。

やがてマーチン医師の視線がテリィへ向く。

キャンディが少し照れたように二人の間へ立った。

「先生、紹介します。こちらが、テリュースさんです。去年、医療大会のときに……」

そしてテリィを見上げ、少しだけ頬を染める。

マーチン医師は、改めてテリィの顔を見た。

あのときは気づかなかったが、名前なら何度か新聞で目にしたことがある。

長身で、すらりとした体躯。柔らかく波打つ栗色の髪に、印象的な青灰色の瞳。

端正な顔立ちはもちろんだが、それ以上に目を引くのは、ただそこに立っているだけで人の視線を集めてしまうような存在感だった。

なるほど、舞台俳優というのはこういうものなのか。にこやかに佇んでいるだけなのに、診療所の素朴な空間が急に違って見える。

マーチン医師は思わずキャンディを見る。

いつものキャンディが、少し照れた顔でその青年の隣に立っている。

まさかキャンディが、こんな男の心を射止めていたとは。いや、二人の様子をもう一度眺めて、すぐに考え直す。

射止めた、というよりも、どうやらこの青年のほうが、キャンディにすっかり心を奪われているらしい。

それが分かると、マーチン医師はなんだか可笑しくなった。

マーチン医師は、ゆっくりテリィへ手を差し出した。

「そうか、君がキャンディの……」

「はい。先日は失礼しました」

二人はしっかり握手を交わした。

「キャンディから先生のことは、よく聞いています。いつも彼女がお世話になっています」

するとマーチン医師は声を立てて笑った。

「世話になっているのは、こっちのほうだよ。キャンディにはずいぶん助けられている。患者にも好かれているし、特に子どもと年寄りには人気がある」

テリィは隣のキャンディを見る。本人は照れくさそうにしている。

「しかし……そうか。キャンディも結婚か」

その声には、長く一緒に働いてきた者ならではの寂しさがわずかに滲んでいた。

「結婚したら、ニューヨークへ行くんだろう?」

「はい。でも、まだ先ですよ」

キャンディが答える。マーチン医師は頷くと、今度はテリィを見た。

「この子を連れていかれるのは、診療所としては大損害だな」

「先生ったら」

「それは申し訳ありません。でも……これは譲れませんので」

「だろうな」

2人は笑った。それから二人を交互に見て、穏やかな声で言った。

「二人で幸せになりなさい」

キャンディの表情が柔らかくなる。テリィも真っすぐ医師を見た。

「はい。ありがとうございます」

その返事に迷いはなかった。

話がひと段落したところで、キャンディが窓の外へ目を向けた。

「あ、そうだ。テリィ、見せたいものがあるの」

「見せたいもの?」

「うん。こっちよ」

キャンディは診療所の裏口を開けた。

外へ出ると、建物の脇に小さな畑があった。

きれいに区切られた土の中に、何種類もの草が植えられている。華やかな花壇というわけではないが、どれも丁寧に手入れされていた。

テリィは足を止めた。

「これ……薬草か?」

「そう。覚えてる? 手紙に書いたことがあるでしょう。村の診療所は都会の病院みたいに、薬も器具も十分に揃っているわけじゃないって」

「ああ」

覚えていた。

必要な薬がすぐには届かないこと。限られたものを大切に使いながら診療していること。

そんな話が、キャンディの手紙には書かれていた。

「だから、ここで育てられるものは自分たちで育てているの」

キャンディはしゃがみ込み、葉の一枚にそっと触れた。

「最初は私も詳しくなかったから、本を読んだり、先生に教えてもらったり、村の人に聞いたりして」

マーチン医師は笑いながら二人のそばまでやってきた。

「大したものだろ。少しずつ種類を増やして、使えるものを選んで……今ではうちの診療所になくてはならんものになった」

テリィは改めて畑を見渡した。

「きっかけを作ったのは、この子だよ」

マーチン医師はそう言ってから、少し懐かしそうに目を細めた。

「今では村人たちまで苗や種を持ってくるようになった」

「みんな協力してくれて、ありがたいわよね」

キャンディは少し笑った。

「私一人で作ったんじゃないわ」

その言葉に、テリィはキャンディを見つめた。

きっと彼女は本当にそう思っているのだろう。

自分が始めたことも、自分が続けてきたことも、いつの間にか周りの人間を巻き込んだことも、たいしたことではないと思っている。

けれど、テリィには分かった。

この小さな畑には、キャンディがこの村で築いてきたものが、そのまま形になって残っている。

「……すごいな」

思わずそう言うと、キャンディが振り返った。

「そんな大げさなものじゃないわよ」

「きみは、いつもそう言うんだろうな」

「え?」

テリィは笑った。

そしてもう一度、小さな薬草畑へ目を向けた。

手紙の向こうにしか知らなかったキャンディの毎日が、ここには確かに息づいていた。