畑を後にすると、二人はカートライト牧場へ向かった。夏の陽射しの下、緑の草原が広がっていた。
キャンディは迷うことなく道を歩いていく。
「ポニーの家は昔からカートライトさんにお世話になってるのよ」
「へえ」
テリィが興味を示す。
「じゃあ、そこでも子どもの頃のきみの話も聞けそうだな」
キャンディが足を止めた。
「余計なこと聞かなくていいからね」
「なんで?」
「なんでも!」
テリィは笑った。その反応だけで、聞かれて困る話がいくつもありそうだった。
牧場へ着くと、カートライトは二人を温かく迎えてくれた。
「キャンディ!」
「カートライトさん!」
キャンディは笑顔で駆け寄ると、すぐにテリィを紹介した。
「こちら、私の……婚約者のテリュースさん」
カートライトは目を丸くした。キャンディの隣に立つ青年を見て、一瞬言葉が出なかったのだ。
キャンディから婚約者を連れてくるとは聞いていた。だが、こんな男が現れるとは思っていなかった。
背が高く、栗色の髪に青灰色の瞳。整った顔立ちは、こんな田舎ではまずお目にかかれない。
しかも妙に気取っているわけでもなく、穏やかな笑みを浮かべて立っているだけなのに、どういうわけか目を引く。村の若者たちとは、何もかもが違った。
なるほど、これがニューヨークの舞台に立つ俳優というものか。
カートライトは思わず、テリィの隣にいるキャンディへ目をやった。昔から知っている、そばかすだらけのお転婆娘。泥だらけになって牧場を駆け回っていた、あのキャンディである。
……よくこんな男を射止めたな、と思わず感心してしまった。
ところが、テリィがキャンディを見る目を見ているうちに、カートライトは別のことに気づいた。
青年の青灰色の瞳が、キャンディへ向けられた途端、驚くほど優しくなる。
それを見たカートライトの口元に、自然と笑みが浮かんだ。
どうやら心配はいらないらしい。射止めたのがどちらなのかは分からないが、案外、お互い様なのかもしれなかった。
「そうか! とうとうキャンディが結婚するのか!」
「とうとうって何ですか」
「そりゃあ、めでたい話だ!」
大きな手が差し出され、テリィも笑って握り返す。
「テリュース・グレアムです。よろしくお願いします」
カートライトは満足したように頷いた。
「キャンディをよろしく頼むよ」
「はい」
テリィは素直に答えた。
「大切にします」
その言葉に、キャンディが照れたように俯く。
「しかし、このお転婆娘が嫁に行くとはなあ」
「カートライトさん!」
すぐに抗議の声が飛ぶ。
するとテリィの目が楽しそうに輝いた。
「やっぱりお転婆だったんですか?」
「テリィ!」
「そりゃあもう――」
「話さなくていいです!」
キャンディが慌てて止めるが、カートライトは面白がって昔話を始めた。どの話を聞いても、テリィには容易に想像できた。
「全然変わってないな」
とうとうテリィが言う。
「変わったわよ」
「どこが?」
「いろいろと大人になった」
「それは知ってる」
何気なく返された言葉に、キャンディが一瞬黙り、頬を赤くした。
テリィは何も気づかなかったように笑っている。
「もう!」
その様子を見ていたカートライトの大きな笑い声が牧場に響いた。
帰り道。午後の陽射しは少し傾き始めていた。
今日だけでも、自分の知らないキャンディをいくつも知った。
診療所で患者たちに頼られているキャンディ。
牧場へ通っていた少女のキャンディ。
この道を何度も歩き、この土地の人たちに愛されながら暮らしてきたキャンディ。
「なあ、キャンディ」
「なに?」
「俺、きみのこと、かなり知ってるつもりだった」
キャンディが不思議そうに彼を見る。
「急にどうしたの?」
「今日、みんなの話を聞いてたらさ、俺の知らないきみが、まだたくさんいるんだなと思って」
キャンディは少し考え、それから笑った。それは少し寂しい事実でもあった。
自分が知らない年月を、キャンディはここで生きてきた。けれど、それを惜しんでも仕方がない。
テリィは辺りを見回した。
「もっといろいろ見てみたかったな」
「この辺りを?」
「ああ。きみが暮らしてきたところ」
キャンディも周囲を見渡す。
「四日じゃ、とても足りないわ」
「そうだな」
テリィは笑った。そして、ごく当たり前のことのように言った。
「じゃあ、また来ればいい」
キャンディが彼を見る。
「また?」
「ああ。今度はもっとゆっくり」
その言葉に、キャンディの顔に柔らかな笑みが浮かんだ。
「そうね」
二人には、次を思い描ける未来がある。
「じゃあ、また教えてあげる。テリィが知らない私のこと」
「全部知れるといいな」
「全部は無理よ。たくさんあるもの」
キャンディが悪戯っぽく笑う。
「少しずつね」
「分かった。楽しみにしてる」
二人は手を繋ぎ、再び歩き始めた。
遠くにポニーの家の屋根が見えてくる。
テリィはもう一度だけ、背後に広がる草原を振り返った。
ここには、自分の知らないキャンディの時間がまだいくつも残っている。
けれど、急いで知る必要はない。また来ればいい。
そのときは、今日よりもっと長く。
夏の風が草原を渡っていく。
二人は肩を並べ、明日の旅へと続く道を、ポニーの家へ向かって歩いていった。