プロポーズから、ひと月ほどが過ぎた。6月のニューヨークは、日に日に夏の気配を濃くしていた。

その日、昼公演を終えたテリィは、楽屋へ戻ると壁の時計を見上げた。夜公演までは、まだ時間がある。着替えを済ませ、鞄を手に取ったところで、マネージャーのフランクが声をかけた。

「今日も行くのか?」

「ああ」

「ずいぶん熱心だな」

その言葉に、テリィは少し照れたように笑った。

「彼女はニューヨークの人でないから。それに、1️⃣度しかないことだからな」

フランクは呆れたように肩を竦めながらも、その顔には笑みが浮かんでいた。

最近、テリィは公演の合間を縫って、ニューヨークの教会を見て回っている。もちろん、そのことを知っている者はほとんどいない。

婚約したことさえ、まだ世間にはもちろんだが劇団内でも公にしていなかった。

ブロードウェイの人気俳優テリュース・グレアムが結婚する。それだけでも新聞には格好の話題になる。

まして、本人が教会を探して歩いていると知られれば、結婚相手は誰なのか、いつ式を挙げるのかと記者たちが動き始めることは容易に想像できた。

キャンディをそんな騒ぎに巻き込むつもりはない。だから教会への問い合わせは、フランクに頼んでいた。

来春、20人から30人ほどの私的な挙式を希望している。詳しい身元は、まだ明かさない。

条件に合いそうな教会をいくつか選び、案内を取り寄せてもらった。

そこから先は、テリィ自身が見に行った。

「気をつけろよ」

フランクが言う。

「分かってる」

「お前の場合、顔を見られたら終わりだからな」

テリィが指でつばを下げる。フランクはそれを見て苦笑した。

「それで隠れてるつもりなら大した自信だ」

テリィも笑った。

「そうだな。じゃ、行ってくる」

鞄には、数冊の教会の案内が入っていた。

最初に訪れたのは、マンハッタンでもよく知られた大きな教会だった。

重厚な石造りの外壁に高い天井、美しいステンドグラス。中へ入ると、その荘厳さに思わず足を止める。

申し分のない教会だった。けれど、祭壇を見つめているうちに、テリィは小さく首を傾げた。

ここにキャンディが立つ。そう想像してみる。

「……なんか違うな」

誰にも聞こえない声で呟いた。

自分たちが望んでいるのは、大勢の人間に見せるための結婚式ではない。人気俳優の結婚を披露するためでもない。

本当に大切な人たちだけに見守られながら、夫婦になる。それでいいのだ。

テリィは案内だけを手にすると、誰とも話さず教会を出た。

次に訪れた教会は、ずっと小さかった。

街の喧騒から少し離れた場所にあり、中へ入ると静かな空気に包まれる。

長椅子の間をゆっくり歩くと、その先に小さな祭壇があった。

テリィは中央の通路で立ち止まった。ここをキャンディが歩いてくる。

そう考えた瞬間、白いドレス姿が頭に浮かんだ。

想像すると、自然に口元が緩んだ。

自分が結婚式の教会を探している。

ふと、その事実そのものも可笑しくなる。

十年前の自分に話したところで、きっと信じない。

それも相手は――キャンディだ。

「……何笑ってるんだ、俺は」

小さく呟いた。それでも笑みは消えなかった。

それからのテリィは、昼と夜の公演の間や稽古が早く終わった午後など、時間を見つけては、教会を見て歩いた。

具体的な問い合わせは、すべてフランクを通した。面倒なことになるのを避けるためだった。


ある日の午後、テリィは、一軒の古い石造りの教会を訪れた。

大通りから少し入った場所にあり、外から見ると驚くほど慎ましい。

中には誰もいなかった。高い窓から午後の光が差し込み、古い木の長椅子を柔らかく照らしている。

華やかな装飾はないけれど、不思議な温かさがあった。テリィはゆっくり通路を歩いた。

やがて祭壇の前まで来て振り返った。

入口から真っすぐ続く通路。そこを見た瞬間、キャンディが歩いてくる姿が浮かんだ。

今まで訪れたどの教会よりも、はっきりと。

テリィはしばらく、その場から動けなかった。胸の奥が静かに熱くなる。

学院時代のあの日。キャンディを守るために、彼女の前から姿を消した。

もう二度と会えないかもしれないと思いながら、一人でニューヨークへ来た。

その街で今、自分はキャンディと結婚する場所を探している。

「……人生って分からないな」

小さく笑う。そして、もう一度祭壇を見た。

「ここ、好きそうだな」

かなり気に入った。けれど、決めるのは、キャンディと一緒だ。

もし彼女が別の教会を気に入れば、そちらにすればいいし、また探したっていい。

彼女が気にいるまで何軒でも巡ろう。

そう思えることさえ、今のテリィには楽しかった。