兄妹は言葉を失った。ニールの喉がわずかに動く。
「……何のことだ」
ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほどかすれていた。テリィは責めるような口調ではなかった。
「あの日、キャンディの名前で届いた手紙」
イライザの肩がぴくりと震えた。
「そして、俺たちが厩舎へ入ったところへシスターたちが現れた」
庭園に沈黙が落ちる。
「偶然にしては出来すぎている」
テリィは兄妹から目を逸らさなかった。
「君たちの親戚が教えてくれた。手紙の文字が、イライザ……君の筆跡にそっくりだと」
イライザの顔色が変わる。まさか、そのことをテリィが知っていたとは思わなかった。ニールが口を開く。
「証拠なんてないだろ」
テリィはあっさり頷いた。
「証拠はない」
その言葉に、ニールは一瞬だけ安堵する。だが次の言葉で、その安堵は消え去った。
「俺が学院を去ることで、終わった話だ」
イライザは唇を噛み締めていた。
あの日、テリィは公爵家を捨て、自ら退学を選んだ理由は、キャンディを退学させないためだと聞いた。キャンディを失脚させられなかったこと、テリィが自主退学をしたことは、計算外だった。
テリィは小さく息をつく。
「君たちは、あの日、勝ったと思ったんだろうな。俺が学院を去って、キャンディは残り、俺たちは引き離された。その通りになった」
静かな声が続く。
「でも、そのあとも俺たちは交際を続けた」
イライザの肩がびくりと震える。知っていた。知っていたからこそ、腹が立った。あれだけ邪魔をしたのに、二人は別れなかった。
そしてテリィの表情に、ほんのわずか影が差す。
「そのあと君たちは、俺がキャンディとは終わったと満足しただろう」
イライザはキャンディがそのことで苦しんでいたことは、風の噂で聞いた。ようやくテリィと別れていい気味だと思った。
「それがなんだって言うのよ」
イライザは自分は関係ないという顔をしている。
テリィは穏やかな表情のまま言った。
「でも俺たちは、もう一度巡り会った」
長い時間を越えてようやく隣に立てた、一人の男の穏やかな笑み。
夏の風が静かに吹き抜ける。
「だからもう、過去を責めるつもりはない」
テリィは兄妹をまっすぐ見つめた。
「ただ、一つだけ事実を伝えておく」
ゆっくりと言葉を区切る。
「俺たちは離れ離れになったが、結局、何一つ変わっていない」
イライザは唇を震わせる。何か言い返そうとしても、言葉が出てこない。
ニールも拳を握り締めたまま俯いていた。否定できない。
自分たちのあのときの画策は、何の意味も持たず、二人はまた同じ場所へ戻ってきた。
その沈黙を破ったのは、アルバートだった。
「もう、それで十分だろう」
穏やかな声だった。だが、一族の総長としての重みが、その一言には宿っていた。
テリィは静かに頷く。
「はい」
言い負かすために話したのではなく、過去へ決着をつけるため。その決着は、もう十分についていた。
アルバートはテリィへ穏やかな視線を向けた。
「行こうか」
「はい」
テリィは短く答え、兄妹へ最後に一度だけ静かな眼差しを向ける。そこには怒りも憎しみもなかった。
アルバートは何事もなかったように、庭園の案内を続けた。
夏の風が木々を揺らし、その後ろ姿をイライザとニールは見送るしかなかった。
「ふん……。どうせ、またすぐ別れるわよ。テリィなんて、女優と噂になるのがお似合いなんだから」
ニールは呆れてイライザを見る。
「お前はまだそんなこと言ってるのか?いい加減、現実を見ろよ」
「お兄さま……」
イライザは唇を噛む。
「でも私は認めないわ……。絶対に」
最後の強がりのその声にはもう昔の勢いはなかった。
すると、ふいにニールが何かを思いついたように顔を上げた。
「……いや、待てよ」
「何よ?」
「これは逆に、お前にとっては悪くない話かもしれない」
イライザが怪訝そうに兄を見る。
「どういうこと?」
ニールはにやりと笑った。
「お前、この頃騒いでるだろ。ブロードウェイの人気俳優……ヴィクター・ラングフォードが素敵だって」
その名前を聞いた瞬間、イライザの目がぱっと輝く。思わず両手を胸の前で組む。
「そうよ、あんなに素敵な人はいないわ!」
ニールは肩をすくめた。
「その俳優って、グランチェスターと同じ劇団のヤツなんだろ?」
イライザはぱちぱちと瞬きをした。
「……そういえば、そうだったわ」
ニールは悪戯っぽく口元を緩める。
「それにキャンディは、これからグランチェスターの妻になる……つまり、グランチェスターは一族の親戚ってことになる。その縁を使えば、ヴィクター・ラングフォードにも会えるかもしれないぞ」
一瞬の沈黙。次の瞬間。イライザの表情が一変した。
「まあ!お兄さま!頭がいいわ!」
先ほどまでの悔しさなど、どこへやら。すっかり上機嫌になっている。
「キャンディの名前を使わなきゃいけないのは癪だけど……」
イライザは腕を組みながら小さく鼻を鳴らす。
「ヴィクター様にお近づきになれるなら、それくらい我慢してあげてもいいわ」
「現金なやつだな……」
ニールは呆れながら苦笑した。
兄妹は何やら楽しそうに話しながら、庭園の向こうへ歩いていく。
その頃、遠く離れたニューヨークでは――。
稽古を終えたヴィクター・ラングフォードが、楽屋でふいに肩を震わせた。
「……?」
誰かに見られているような、不思議な寒気が背中を走る。
「風邪か?」
首を傾げながらジャケットを羽織るヴィクター。
もちろん、その原因を知る者は、誰もいなかった。