応接室の方から、ポニー先生がキャンディとともに歩いてきた。

ジョシュアは、キャンディの数歩後ろを歩くその男から目を離せなかった。

その男は、背が高く、仕立てのよい黒いスーツを、長年着慣れているもののように自然に着こなしている。

初夏の陽射しを受けた栗色の髪が、揺れていた。整った顔立ちには、都会で暮らす人間特有の洗練された雰囲気がある。けれど、それだけではなかった。

立っているだけで、どこか人の目を引く。村では、まず見かけることのない種類の男だった。

誰だ。なぜ、キャンディの隣にいる。

その問いが胸へ浮かんだが、口には出せなかった。

子どもたちは、ジョシュアの戸惑いなど気にも留めず、キャンディを見つけるなり、一斉に駆け寄っていく。

「キャンディ!ねえ、遊ぼう!」

「今日、虫を捕まえたんだよ!」

キャンディは笑いながら、飛びついてきた子どもたちを順番に受け止めた。

「はいはい、みんな転ばないでね」

一人の頭を撫で、もう一人の乱れた襟元を直す。いつものキャンディだった。

村へ戻れば、子どもたちに囲まれ、誰に対しても同じように笑う。ジョシュアが何年も見てきた、変わらない姿。

「あとで遊びましょう。今日はね、大切なお客様がいらしているの」

そう言って、キャンディは隣の男を見上げた。その瞬間、ジョシュアの胸の奥がわずかにざわついた。

キャンディの眼差しが違った。

子どもたちへ向ける優しさとも、先生方へ向ける敬愛とも違う。

柔らかく、穏やかで、それでいて、どこか照れを含んでいる。

ジョシュアは、そんな表情を初めて見た。男もキャンディを見下ろしていた。

二人は何も話していないけれど、視線が重なっただけで、互いの気持ちを確かめ合っているように見えた。

その短い沈黙の中へ、自分だけが入っていけない。そんな感覚がした。

レイン先生が優しく迎え、ポニー先生も穏やかな笑みを浮かべていた。

先生方は、この男が来ることを知っていた。そのことにも、ジョシュアは遅れて気づいた。自分だけが何も知らなかった。

胸の中に、小さな置き去りにされたような感覚が生まれる。

「ジョシュア」

ポニー先生が彼を呼んだ。

「こちらへいらっしゃい」

ジョシュアはメイを下ろすと、一歩前へ出た。

男の視線が、自分へ向けられる。落ち着いた青灰色の瞳だった。じっと見られているのに、値踏みされているような不快さはない。

だが、その余裕が、なぜかジョシュアには気に入らなかった。

「紹介しますね」

ポニー先生は、二人の間へ視線を行き来させた。

「こちらは、テリュース・グレアムさんです」

テリュース・グレアム?

その名を聞いた瞬間、どこかで耳にしたような気がした。新聞だっただろうか。大学の友人が話していた俳優の名だったかもしれない。

けれど、ジョシュアに演劇の知識はほとんどない。名を聞いただけでは、目の前の男がどのような人物なのかまでは分からなかった。

「テリュース・グレアム……」

無意識に繰り返す。男――テリィは、わずかに微笑んだ。そのとき、キャンディが少し困ったように笑った。

「ジョシュア」

いつもと同じ、親しみのある呼び方だった。

「驚かせてしまうかもしれないけれど……」

そこで一度、言葉を止めた。

キャンディはテリィを見上げる。テリィも静かに彼女を見つめ返した。

その眼差しを見た瞬間、ジョシュアは、次に続く言葉を聞きたくないと思った。

理由は分からないけれど、聞けば何かが変わる。

今まで自分が心の中で思い描いてきた未来が、取り返しのつかない形で崩れてしまう。そんな予感がした。

「私たち、婚約したの」

音が消えた。子どもたちの声も、木々を揺らす風の音も鳥のさえずりさえ、遠ざかったように感じた。

婚約?キャンディが?この男と?

言葉の意味は知っている。けれど、頭の中で何度繰り返しても、それが目の前のキャンディと結びつかない。

「……え?」

喉から出たのは、それだけだった。キャンディは、少し心配そうに彼を見た。

「急な話で驚いたわよね」

急な話?そうではない。ジョシュアにとっては、世界そのものが急に形を変えたようなものだった。

キャンディは、自分より6歳年上だ。自分を弟のように思っていることも分かっていた。

それでも、彼女には長い間、恋人らしい相手はいなかった。村の誰かと親しくなる様子もなく、結婚の話を聞くこともなかった。

だから、ほんのわずかでも可能性があると思っていた。

医師になれば、この村へ戻れば、診療所で肩を並べて働けるようになれば……

いつか、自分を一人の男として見てくれる日が来るかもしれない。それは、口にすることさえ恥ずかしいほど小さな希望だ。

けれど、確かに自分を前へ進ませてきた光の一つだった。その光が、今、何の前触れもなく消えた。

テリィが静かに一歩前へ出た。

「初めまして、ジョシュア」

落ち着いた声。差し出された手。ジョシュアはしばらく、その手を見つめた。

握らなければならない。ここで拒めば、キャンディを困らせる。それくらいは分かっていた。

反射的に手を伸ばす。触れた手は大きく、温かかった。しっかりとした握手だったが、力を誇示するようなものではない。そのことが、余計に腹立たしかった。

もっと傲慢な男ならよかった。都会から来た人気俳優で、村の暮らしなど見下しているような男なら、迷わず嫌うことができた。

だが、目の前の男は礼儀正しく、先生方へも子どもたちへも穏やかだった。

「キャンディから、君のことは聞いてる」

ジョシュアの目がわずかに動く。

「……俺のことを?」

「ああ」

テリィは頷いた。

「努力家で、妹思いで、医者になるために懸命に勉強している自慢の弟だって」

自慢の弟……その言葉が胸へ突き刺さった。

分かっていた。キャンディにとって、自分はそういう存在だ。守ってきた年下の子ども。勉強を教え、成長を喜んできた弟。

けれど、今この男の口から改めて聞かされると、自分の立場をはっきりと言い渡されたような気がした。

ジョシュアはキャンディを見る。彼女はうれしそうに笑っていた。

「本当よ」

悪意など、少しもない。

「あなたが医学部に入ったとき、私、本当にうれしかったんだから。いつも先生方にも話しているのよ」

その笑顔は、昔から変わらない。

自分の名前を書けたとき、初めて試験に受かったとき、医学部への進学が決まったとき、いつも、誰より喜んでくれた笑顔。

ジョシュアはその笑顔が好きだった。だから、ずっと勘違いしていられた。

その優しさの中に、いつか自分だけへ向けられる特別な気持ちが生まれるかもしれないと。

「……ありがとうございます」

どうにか、それだけを口にした。声は、自分でも分かるほど硬かった。だが、キャンディは気づかなかった。あるいは、長旅で疲れていると思ったのかもしれない。

「さあ、お茶でも飲みましょう」

レイン先生の言葉で、皆は家の中へ入った。