六月末、大きな拍手に包まれて千穐楽を迎えた。
劇場には最後まで熱気が残り、終演後も取材や支援者への挨拶が続いた。
主演として舞台に立ち続けたテリィにとって、それは充実した日々であると同時に、次なる大作『ロミオとジュリエット』への助走でもあった。
その本格的な稽古が始まるまで、テリィたちのチームは2週間ほどの休暇が与えられていた。
プロポーズのあとも、二人は以前と同じように手紙を交わした。
仕事の予定を確かめ合い、まずはポニー先生とレイン先生へ、自分たちの口から婚約を報告したいという手紙を重ねながら、ようやく今日という日を迎える。
テリィが真っ先に向かうは、もちろんポニーの家だった。
その日、キャンディは診療所の休みを取っていた。
朝から何をしていても落ち着かない。
時計を見て、窓の外を見て。庭へ出ては門の方を眺め、何も変わらない景色に苦笑して部屋へ戻る。
そんなことを何度繰り返しただろう。
「キャンディ」
柔らかな声に振り返ると、レイン先生が優しく笑っていた。
「今日は朝から何度、外へ出たかしら」
キャンディは照れたように笑う。
「そんなに出ていました?」
「ええ」
レイン先生はくすくすと笑った。
「子どもたちより落ち着きがないくらいよ」
「もう、先生」
頬を赤く染めながら笑うと、少しだけ緊張がほぐれた。ポニー先生も新聞から顔を上げる。
「無理もありませんよ」
穏やかな眼差しがキャンディへ向けられる。
「大切な人が来る日ですもの」
その一言に、キャンディは小さく頷いた。
胸の奥が温かくなる。けれど、どこか少しだけ緊張もしている。
今日、テリィと二人で先生方へ婚約を報告する。
そのことを考えるだけで胸がいっぱいになっていた。
庭では、まだ学校へ通わない幼い子どもたちが元気に遊んでいる。笑い声が初夏の風へ溶けていく。
家の中は、その賑やかさとは対照的に穏やかな静けさに包まれていた。
遠くから、小さく車のエンジン音が聞こえてくる。
キャンディの肩がぴくりと震えた。
音はゆっくり近づいてくる。
砂利道を踏みしめるタイヤの音。
キャンディは反射的に窓辺へ駆け寄った。
「あっ、来たわ!」
門をくぐってきた一台の車が、ゆっくりとポニーの家の前で止まる。
運転席のドアが開くと、見慣れた長身の青年が車から降り立つ。
柔らかな風が栗色の髪を揺らしたその姿を現した瞬間には、キャンディは玄関を飛び出していた。
「キャンディ!」
テリィも彼女を見つけ、自然と笑みがこぼれる。
「テリィ!」
二人は互いの前で足を止めた。
抱きしめたい。そんな気持ちはお互い同じだった。けれどここはポニーの家、少し自重してみる。
「元気だったか?」
「うん。テリィは?」
「もちろん、元気さ」
ほんの数秒の会話なのに、何通もの手紙だけでは埋められなかった距離が、一瞬で消えていく。
「長旅、お疲れさま」
「ありがとう」
テリィは優しく微笑んだ。
「やっと来られた」
その言葉だけで十分だった。キャンディもうれしそうに頷く。
その時、玄関の奥から足音が聞こえてくる。
「ようこそいらっしゃいました」
レイン先生だった。その隣には、穏やかな笑みを浮かべたポニー先生も立っている。
テリィは姿勢を正すと、深く一礼した。
「ご無沙汰しております。お元気そうで安心しました」
ポニー先生が微笑む。
「遠いところを、よく来てくださいました」
「こちらこそ、お時間をいただきありがとうございます」
穏やかな挨拶が交わされる。
レイン先生は二人を見比べながら、どこかうれしそうに目を細めた。
「さあ、立ち話も何ですから。どうぞ中へ」
応接間へ通される。
窓からは初夏の柔らかな陽射しが差し込み、磨き込まれた木の床を優しく照らしていた。
庭からは子どもたちの笑い声が微かに聞こえてくる。
テリィとキャンディは並んでソファへ腰を下ろした。
向かいにはポニー先生とレイン先生。一瞬、部屋が静かになる。
テリィは膝の上でそっと両手を組んだ。
舞台の上では何千人の前でも堂々としていられる。
それなのに、今は胸が少しだけ高鳴っていた。
隣を見る。キャンディも静かに背筋を伸ばしている。
ふと目が合う。小さく微笑み合うだけで、不思議と勇気が湧いた。
テリィはもう一度姿勢を正した。そして、まっすぐ先生方を見つめる。
「今日は、お二人にお伝えしたいことがあって参りました」
部屋の空気が静かに引き締まる。
それは、二人が恋人としてではなく、これから人生を共に歩む者として迎えた、
最初の大切な一歩だった。