――特集 女性が一生忘れないプロポーズ
テリィは思わず姿勢を正した。まるで演出家から新しい台本でも渡されたかのような気持ちでページをめくる。
最初に紹介されていたのは、大きな写真だった。夕暮れの自由の女神。展望デッキに立つ男女。
男性が片膝をつき、小さな箱を差し出している。周囲からは拍手が起こり、女性は涙ぐみながら頷いていた。
「……自由の女神か」
悪くはない。いや、むしろ絵になる。テリィは腕を組んだ。
(そういえば、前にキャンディと行ったな)
あの日は風が強く、フェリーの上で髪を押さえながら笑っていた。
(……あまり人前ってのは、気が進まないな)
ページをめくる。
『ホテル最上階のディナーで』
夜景を見下ろす高級レストラン。キャンドルにシャンパン。楽団の演奏。
「うーん、ロマンチックだが……」
心に残る演出ではあるが、何となく気が進まない。さらにページをめくる。
『ジャズバーでピアニストへ一曲依頼。曲が終わった瞬間にプロポーズ』
「……そんなことしたら、俺のほうが照れる」
誰も聞いていない楽屋で、小さく笑う。
舞台へ上がることには慣れている。何千人の視線を浴びても平気だ。なのに、自分のこととなると、話は別だった。
次のページには、女性へのアンケート結果が載っていた。
『一生忘れられないプロポーズとは?』
第一位。
“特別な場所。”
第二位。
“忘れられない演出。”
第三位。
“心のこもった言葉。”
テリィは、その三つ目で指を止めた。
言葉。それが、一番難しい。
これは誰かが書く台詞ではない。
自分の人生で、たった一度だけ口にする、自分だけの言葉だ。
さらにページをめくる。そこには、小さな囲み記事が載っていた。
『プロポーズ成功の秘訣』
・場所は入念に選びましょう。
・女性の好きな花を用意しましょう。
・雰囲気づくりも大切です。
・言葉は事前に練習しておくと安心です。
そこまで読んだところで、テリィは思わず雑誌を閉じた。
「練習、か」
苦笑が漏れる。それができるなら苦労しない。
稽古場では、昨日より今日、今日より明日と、同じ台詞を何十回も練習する。
だが、人生でたった一度の言葉は違う。何度も言い直すことなどできない。もし噛んだら?途中で言葉が出なくなったら?
いや、それ以前に。
(……タイミングはいつがいい?)
そこからまた考え始めてしまう。
自由の女神か、劇場か、夜景の見えるレストランか。いや、違う。どれもしっくりこない。
テリィは椅子へ深くもたれ、小さく天井を見上げた。
「これは難問だな」
舞台なら、こんなことで悩んだことは一度もない。けれど現実は、誰も「ここで言え」と教えてはくれない。
その時だった。コンコン、と扉がノックされた。
「テリィ、そろそろ台本届くって」
廊下から聞こえたスタッフの声に、テリィは慌てて雑誌を閉じた。
「ありがとう、今行く。あ、マイケルにも声掛けてくれ」
返事をしながら、台本の間へ雑誌を挟む。最後に表紙を見つめ、小さく息をつく。
「……答えは、載ってないな」
そう呟くと、台本を抱え、午後の稽古へ向かった。
その日の稽古を終えた頃には、街はすっかり夕暮れに染まっていた。
劇場を出ると、ブロードウェイには仕事帰りの人々が行き交い、劇場の看板には夜公演の灯りがともり始めている。
テリィは肩に鞄を掛け、ゆっくりと家路についた。部屋へ入ると、まずジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩める。一息つく間もなく、鞄から一冊の雑誌を取り出した。
夕方まで何度も閉じたり開いたりしたその雑誌を、今度はリビングのテーブルへ広げる。
「さて……」
誰もいない部屋で、小さく呟いた。
コーヒーを淹れ、ソファへ腰を下ろす。昼間は流し読みしかできなかった記事を、今度は最初からゆっくり読み始めた。
どの記事にも共通しているのは、華やかな演出だった。
ページをめくるたびに、美しく着飾った男女の写真が現れる。テリィは腕を組んだ。
「……キャンディなら」
自然と彼女の顔が浮かぶ。
想像すればするほど、雑誌に載っている”理想”から遠ざかっていく。
「……違う」
ページをめくる。また違う。
「これも違うだろうな」
読み進めるたびに却下が増えていく。そのうち、自分でも可笑しくなってきた。
思わず笑みがこぼれる。
雑誌は多くの女性の憧れを集めているのだろう。だから間違ってはいない。
ただ、一人だけ当てはまらない女性がいるのだ。
キャンディ・ホワイト・アードレー。
彼女はきっと、豪華な演出よりも、そのあと二人で笑いながら食べる食事のほうを喜ぶ。
景色よりも会話を。高価な贈り物よりも、一緒に過ごす時間を。そんな人だ。
テリィはコーヒーカップを持ち上げ、一口飲んだ。
テーブルには、少し前に届いたキャンディからの手紙が置いてある。何気なく手に取る。
『テリィが作るビーフシチュー、楽しみにしてるね。』
その一文を読み返し、自然と笑みが浮かんだ。
誕生日なのに、食べたいものはビーフシチュー。普通なら、もっと洒落た店を望んでもおかしくない。
それでも彼女は、自分の手料理を食べたいと言った。
「……ほんとに、きみは」
愛おしさが胸へ広がる。
雑誌へ視線を戻す。
同じ記事を読み返している自分に気付き、思わず苦笑した。
「……俺も重症だな」
そう呟きながらも、もう一度ページをめくる。
まるで、この雑誌のどこかに、自分だけの答えが書かれていると信じているかのように。