「私は、その”ただのテリィ”が、一番好き」

「キャンディ……」

その言葉に、テリィは目を細め、一瞬だけ黙り込む。そして、口元がゆっくりと悪戯っぽく持ち上がった。

「……それが一番?」

「え?なにが?」

「じゃあ、二番は?二番目に俺の好きなところは?」

「えっ?」

突然の質問に、キャンディは目をぱちくりさせる。

「えっと……それは」

真剣に考え始めた彼女を見て、テリィは笑いを堪えていた。

「一番があるということは、三番もあるってことだよな。三番は?」

「えっ、ちょっと待って!」

「どうせなら五番くらいまで聞いてみようか」

「もう!」

頬を真っ赤にしたキャンディは両手をぶんぶん振る。

「えっと……一番は、そのままのテリィで……」

「うん」

「二番は……舞台のテリィで……」

「なるほど」

「三番は……」

そこまで言って、キャンディはぴたりと止まった。

困ったように唇を結び、しばらく考える。

自分でも答えが見つからない。

テリィは腕を組み、面白そうに見つめている。

「続けて」

「えっと……」

数秒。さらに数秒。やがてキャンディは諦めたように笑った。

「もう、だめ!」

そのまま勢いよく一歩踏み出し、テリィの胸へ飛び込む。

ぎゅっと抱きつくと、彼の胸元へ顔を埋めた。

「全部好き!」

楽屋中に響くほど大きな声だった。

「舞台のテリィも、笑ってるテリィも、ちょっと意地悪なテリィも、照れるテリィも……全部!だから順位なんてつけられないの!」

勢いよく言い切ると、キャンディは少し照れくさそうに笑った。

「……全部、私の大好きなテリィなんだから」

テリィは一瞬だけ目を丸くした。まさかこんな答えが返ってくるとは思っていなかった。

やがて小さく笑い、彼女の背中へゆっくり腕を回す。

「降参だよ。からかうつもりだったのに」

低く笑う声が胸越しに響く。

「その答えは予想外」

キャンディは顔を上げ、いたずらっぽく笑った。

「テリィが先に意地悪したんでしょう?」

「違いない」

そう答えたテリィは、彼女の額へそっと口づけを落とした。

「……ありがとう。とてもうれしいよ」

その一言には、舞台で浴びたどんな拍手よりも深い想いが込められていた。

楽屋の外では、まだ千秋楽を惜しむ人々の話し声が続いている。

けれど、ここにいるのは名優テリュース・グレアムではない。

キャンディの前でだけ見せる、少し照れ屋で、少し意地悪で、とても幸せそうな――ただのテリィだった。



……実は、この幸せな恋人同士の会話を聞いていた二人組がいた。

楽屋の廊下を歩きながら、ケビンが大きく伸びをした。

「いやぁ、今日も大成功だったな」

隣を歩くマイケルも満足そうに頷く。

「テリィ、まだいるかなぁ」

いつものように二人はテリィの楽屋へ向かった。

ノックしようと手を伸ばした、その時だった。

楽屋の扉がほんの少しだけ開いていることに気づく。

中から、キャンディの声が聞こえてきた。

「……全部好き!」

思わず二人の動きが止まる。

「舞台のテリィも、笑ってるテリィも、ちょっと意地悪なテリィも、照れ屋なテリィも……全部!」

ケビンは目を丸くした。

マイケルも同じ顔になっている。

「だから順位なんてつけられないの!」

「……降参だよ。からかうつもりだったのに」

続いて聞こえたテリィの、いつもよりずっと優しい声。

ケビンは何も言わず、そっと扉へ手を添える。

きぃ……。

音を立てないよう慎重に扉を閉めた。マイケルも無言で頷く。

二人はそのまま何事もなかったように踵を返し、自分たちの楽屋へ向かって歩き出した。

廊下には静かな足音だけが響く。

二十歩ほど歩いたところで、二人は同時に足を止めた。

ゆっくり顔を見合わせる。数秒の沈黙。そして――

「「甘ーーーーーーいっ‼‼」」

声がぴったり重なった。

「なんだよあれ!」

ケビンは頭を抱える。

「いやぁ、衝撃だった……!」

マイケルは天井を見上げてため息をついた。

「いや、あれは入れねぇだろ」

「うん……さすがに入れない。」

二人は顔を見合わせると、どちらからともなく吹き出した。

「テリィを脅すものができた」

「確かに。秘密にしてほしければ、美味いもの奢れってね」

二人は笑いながら、それぞれの楽屋へ戻っていった。

扉の向こうで自分たちの会話が全部聞かれていたことなど、テリィもキャンディも知る由はなかった。

もっとも、それには理由があった。

エヴリンとの一件以来、テリィは異性と二人きりで楽屋にいる時は、扉を少し開けておくことが癖になっていた。

このときも、いつものように何気なく扉を少しだけ開けたままにしていたのだ。

まさか、その隙間から、恋人同士の甘いやり取りをケビンとマイケルに聞かれてしまうとは、テリィは夢にも思っていなかった。