「休みの日って何をしてますか?」
「本を読んだり」
「ほかは?」
「散歩とか」
「映画は観ますか?」
「あまり観ない」
「女性と出掛けたりします?」
テリィは一瞬だけ目を上げた。
「いや」
リリアンは微笑む。
「意外ですね。もっと華やかな人だと思ってました」
そして、間髪入れず重ねて聞く。
「好きな女性のタイプって、どんな人ですか?グレアムさんは私生活が見えない印象ですよね」
テリィは答えなかった。カップを手にしたまま、静かに湯気を見つめている。リリアンは笑顔を崩さない。
「……考えたことがない」
「本当に?でも、インタビューで聞かれたりするでしょ」
テリィが返事の言葉を選んでいるとさらに彼女はもう一歩だけ踏み込んだ。
「なら、今、好きな人はいます?」
その問いに、テリィは初めて言葉を失った。店内には穏やかな音楽が流れている。窓の外では冬の街を人々が行き交っていた。
返事を探すように、テリィは静かに息をつく。その沈黙を、リリアンは期待と不安が入り混じった表情で見つめていた。――その時だった。
「あら、テリィじゃない」
聞き覚えのある声に、テリィは顔を上げた。そこに立っていたのは、マイケルの姉のキャサリンだった。
「こんなところで会うなんて」
その姿を見た瞬間、テリィは迷わなかった。立ち上がると、そのままキャサリンのところへ歩いていく。ごく自然に彼女の肩へ腕を回した。
「待たせてしまっていたんだな」
「えっ?」
キャサリンは一瞬だけ目を丸くした。だが次の瞬間には、テーブルに座るリリアンと、困ったようなテリィの表情を見比べる。
――なるほど。ほんの数秒で事情を察した。
キャサリンはすぐに柔らかな笑みを浮かべる。
「あなたったら、時間にはちゃんとしてるのに珍しいじゃない」
「ごめん、少し長引いた」
キャサリンは恋人らしく自然にテリィの腕へ自分の手を添えた。
「じゃあ行きましょう」
テリィは振り返り、穏やかに頭を下げた。
「フォスターさん。これでしたらします」
テーブルへ二人分のコーヒー代を置く。
二人はそのまま歩き出した。店を出て扉が閉まるまで、キャサリンは何も聞かなかった。
店を出てしばらく歩き、人通りの少ない通りへ入ったところで、キャサリンはようやく足を止めた。
キャサリンは小さく息をつくと、テリィを見上げた。
「ありがとうございました、キャサリンさん。助かりました」
「ねえ、テリィ。さっきの子、誰なの?」
テリィは一瞬だけ言葉を探すように視線を落とした。
「キャンディさんがニューヨークにいないからって、他の女性とトラブルになるようなことはしないほうがいいと思うわ」
その口調は責めるというより、年上の姉らしい穏やかな忠告だった。テリィはすぐに首を横へ振る。
「いや、おれはそんなことしてないですよ」
「じゃあ?」
「さっきの人は、『アントニーとクレオパトラ』で客演していた女優です」
キャサリンは黙って続きを促した。テリィは歩きながら、ぽつりぽつりと話し始める。
千穐楽のあとも何度か偶然会ったこと。今日もデパートで声を掛けられ、父親への誕生日プレゼントを選ぶのを手伝ってほしいと頼まれ、断り切れず付き合ったこと。そのあと、お礼だからと喫茶室へ誘われたこと。
「……そこで、キャサリンさんが声を掛けてくれたので」
話し終えると、キャサリンは小さく頷いた。
しばらく考えるように前を向き、それからふっと笑う。
「そうだったのね。なら、安心した」
その一言に、テリィも少しだけ肩の力を抜いた。そしてすぐにキャサリンは表情を少しだけ引き締める。
「でもね。あなたは、はっきり断れない傾向があるって、私は前から思ってたの」
テリィは苦笑する。
「……そうかもしれません」
「今日だって、あのまま曖昧にしていたら、彼女はますます勘違いしてしまったかもしれないでしょう?」
その言葉に、テリィは何も返せなかった。
確かに、その通りだった。相手を傷つけたくないという気持ちもある。それに紳士的に振る舞わなければならないという身に付いたままのものもあり、気が付いたら、曖昧な返事に聞こえてしまう言い方をしてしまったかもしれないと思うときもあった。
キャサリンは穏やかな声で続けた。
「きちんと断るのも優しさなのよ」
テリィは静かに頷いた。
「……はい」
キャサリンは悪戯っぽく横目で彼を見る。
「それとも、ちょっと惜しいと思ってたりするの?」
その問いに、テリィは間髪入れず首を横へ振った。その声は驚くほどはっきりしていた。
「いえ。それは決してありません」
迷いのない返事だった。キャサリンはその横顔を見つめ、ふっと微笑む。
「そう」
その一言だけで十分だった。この青年の心が誰に向いているのか、改めて確認する必要はなかった。
しばらく二人は並んで歩いた。冬の冷たい風が静かに通りを吹き抜けていく。やがてテリィは立ち止まり、キャサリンへ向き直った。
「また借りを作ってしまいました」
そう言って軽く頭を下げる。
「いつも、すみません」
キャサリンは思わず笑ってしまった。
「いいのよ、そんなこと」
軽く手を振る。
「弟の友だちなんだから、このくらい何ともないわ」
その言葉に、テリィもようやく穏やかな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
「でも」
キャサリンは最後に人差し指を立てる。
「次からは、自分できちんと断ること」
「はい」
その返事に満足したように、キャサリンは笑顔で頷いた。
「それじゃ、私はこっち」
「今日は本当に助かりました」
「気をつけて帰るのよ」
「キャサリンさんも」
二人は互いに軽く手を振り、それぞれ別の方向へ歩き出した。
キャサリンは歩きながら、小さく笑みを漏らす。
――あの子は、本当に不器用。
でも、不器用なくらいがちょうどいいのかもしれない。少なくとも、キャンディさんにとっては。
そんなことを思いながら、冬の街へ静かに溶け込んでいった。