部屋には、穏やかな静けさだけが満ちていた。窓の外では、夜風がカーテンをわずかに揺らしている。

互いの鼓動だけが、こんなにも近くに聞こえる。

テリィはそっとキャンディの頬へ手を添えた。

彼女を見つめる青灰色の瞳が、ゆっくりと細められる。

「……愛してる、キャンディ」

囁くたび、その想いが伝わるように。

唇が静かに重なる。何度も、ゆっくりと。

急ぐことなく、互いのぬくもりを確かめるような口づけだった。

キャンディは目を閉じ、その優しさを受け止める。

何度も唇が重なり、離れては耳元へ愛の言葉が囁かれる。テリィの唇が頬をかすめ、耳元へ、そしてゆっくりと首筋へと移っていく。

その温かなぬくもりに、キャンディは小さく肩を震わせたその時だった。首筋へ触れた唇に、温かな雫が落ちる。

テリィは動きを止めた。顔を上げると、キャンディは目を閉じたまま、静かに涙を流していた。

涙が頬を伝い、枕へ落ちていく。テリィの胸がひやりと冷える。

(しまった……!)

一瞬で、いくつもの考えが頭をよぎった。

――怖かったのか。

――まだ受け入れられなかったのか。

――俺が急ぎすぎたのか。

テリィはすぐに身を起こし、彼女から少しだけ距離を取った。

声には隠しきれない不安が滲んでいた。

「悪い……ごめん。無理しなくていい。今夜じゃなくてもいいんだ」

その瞳には、彼女を失いたくないという想いしかなかった。

キャンディはテリィの頬へそっと触れて、涙をこぼしたまま、小さく首を横へ振った。

「違うの……」

震える声、その一言を聞いても、テリィの不安はまだ消えない。

「本当に?」

思わず確認するように尋ねる。キャンディはもう一度、小さく頷いた。そして、涙を拭うこともせず、少し照れたように微笑んだ。

「私……うれしくて泣いてるの」

その言葉に、ようやくテリィは息をついた。

張り詰めていた肩の力が、ゆっくりと抜けていく。

「うれしくて?」

「うん。私……生まれて初めて言われたの」

テリィは息を止めた。キャンディは少しだけ遠くを見るように目を細める。

「私、生まれてすぐポニーの家の前に置かれていたの。だからね……ずっと思うようにしてたの。きっと、どうしても育てられない事情があったんだって。ポニーの家なら安心だと思って預けてくれたんだって」

一度言葉は途切れ、キャンディは小さく息をつく。

「本当は、親に愛されていなかったわけじゃない。そう思っていれば、寂しくなかったから……。誰かにそう話すたび、自分にも言い聞かせてたの」

その声は穏やかだったが、長い年月をかけて胸の奥へ沈めてきた想いが滲んでいた。

キャンディは唇を震わせる。

「でも……先生方に『お願いします』って託したわけじゃなくて……扉の前に置かれていたと聞いたときを思い出すと、心のどこかでは思ってしまうの」

また一粒、涙が頬を伝う。

「やっぱり私は……愛されて生まれてきた子じゃなかったのかなって」

テリィの胸が締めつけられた。キャンディは涙を浮かべたまま、小さく笑う。

「もちろん、ポニー先生もレイン先生も、たくさん愛情をくれた。アルバートさんも、お父さんになろうって、一生懸命向き合ってくれた。アニーも、アーチーも、みんな私を大切にしてくれた」

その微笑みは温かかった。

「とてもありがたいし、本当に幸せ者だと思う。でも、それでも心のどこかで……一度でいいから、誰かに『愛してる』って言ってもらいたいって思ってた」

涙が次々とあふれる。声が震える。

「テリィ……それをあなたが言ってくれた。あなたに言ってほしいとずっと願ってた……だから、本当にうれしい……」

言葉の最後は、涙に溶けて消えた。

テリィは何も言わず、ただ両手で彼女をそっと抱き寄せる。そして額を寄せ、小さく笑った。

だったら、何度でも言う」

彼は真っすぐにキャンディを見つめる。

「愛してる。キャンディ。……俺は、きみ以外愛せない」

その言葉には飾りがなかった。

芝居の台詞でもなく、誰かに聞かせるためでもなく、テリュース・G・グランチェスターという一人の男の、本心だった。

キャンディは涙で濡れた瞳のまま微笑む。

「……私も」

かすれるほど小さな声。

「愛してる、あなただけを」

その一言だけで十分だった。テリィは微笑み返し、もう一度彼女の名を呼ぶ。

「キャンディ、愛してる」

唇が静かに重なる。キャンディは目を閉じ、そのぬくもりを受け止めた。

もう何も怖くはない。

好きという想いを積み重ねてきた二人が、その夜初めて「愛してる」という言葉で結ばれた。

その一言は、キャンディにとって失われていた人生の空白を埋める言葉であり、テリィにとっては、生涯ただ一人へ捧げる、かけがえのない誓いだった。

何度も唇が重なり、離れては耳元に愛の言葉が囁かれる。やがて唇が、キャンディの首筋を伝っていく。

テリィの微かな息づかいがキャンディの耳をくすぐり、柔らかな髪の感触にわずかに身体が震える。

次第に唇はゆっくりの胸元まで辿りながら、纏っていた衣をテリィは静かに紐解いていく。

白く滑らかな肌が顕になる。思わず息を呑む。

「きれいだ……」

再び見つめられキャンディは顕になった胸元を反射的に隠す。

その仕草が愛しくて、テリィは小さく微笑むと、その手を取り指にくちづける。

優しく腕を解くと再び胸元を唇が這い、キャンディから甘い吐息が漏れた。

互いの生まれたままの姿で身体が触れ合い、鼓動が重なる。

十年前には叶わなかった距離。あの頃は抱きしめることさえ切なく、唇を重ねるだけで精一杯だった。

二人とも、大人になった。別れも、孤独も、後悔も知った。それでもなお、互いだけを選び続けた。

さらに唇が重なる。離れてはまた重なり、ふたりの吐息だけが部屋を満たしていた。

もう言葉はいらない。言葉の代わりに身体で想いを伝え合う。

キャンディは目を閉じ、彼に身を任せる。時折、聞こえてくる心臓の音が、少し速い。

テリィは彼女の手を取り、指を絡める。

まるで一生離さないと誓うように。

夜はゆっくりと更けていく。

部屋に響くのは、時折交わされる互いの名前を呼ぶ優しい囁きだけだった。

やがて言葉さえ必要なくなり、二人は寄り添ったまま、これまで積み重ねてきた想いを、静かに確かめ合っていく。

誰より近くで。

誰より深く。

長い別れの年月を埋めるように。

そしてその夜。

「好き」という言葉だけではもう足りないことを、二人は知った。