シカゴ駅を出る頃には、二人ともようやく再会の実感が湧き始めていた。
もっとも、その実感が胸へ落ち着くより先に、キャンディのお腹が小さく鳴った。
「……あ」
思わず口元を押さえる。テリィは一瞬きょとんとしたあと、声を上げて笑った。
「そういえば、きみ昼飯食べてないんだったな」
「だって列車が遅れたんだもの」
「たしかに」
そう言いながらテリィは自然にキャンディの鞄を持ち直した。
「まず何か食べようか」
「うん」
シカゴ駅近くのカフェは昼の賑わいが少し落ち着いた時間だった。
窓際の席へ案内される。暖房の効いた店内は温かく、キャンディはようやくほっと息を吐いた。
サンドイッチと温かいスープ、そして紅茶。
空腹だったはずなのに、キャンディはなかなか食事へ手が伸びなかった。
向かい側に座るテリィを見てしまうからだ。
テリィも同じだった。
何か話そうとするけれど気が付くとキャンディを見ている。
するとキャンディもこちらを見ている。
目が合うと二人とも笑う。そして何を話そうとしていたか忘れる。
そんなことを何度も繰り返していた。
「……なんだか変ね」
キャンディが笑う。
「何が?」
「手紙ではあんなに色々書いてたのに」
テリィも苦笑した。
確かにそうだった。便箋には何枚も言葉を書ける。
だが本人を前にすると、言葉より先に顔を見てしまう。
「俺も同じこと思ってた」
「ほんと?」
「ああ」
テリィは頷く。
「きみの顔見てる方が忙しい」
その言葉にキャンディの頬が赤くなった。
「もう……」
「本当だから仕方ないだろ」
そう言われると何も返せない。二人はまた笑った。
ようやく食事へ手を付けながら、近況を話し始める。
診療所のこと、最近流行した風邪のこと、農場の子どもたちのこと。
テリィは興味深そうに聞いていた。
「そういえば、この前また腰痛予防体操を教えたの」
「まだやってるのか」
「大事なのよ」
「そうか」
テリィは真面目に頷く。
だがその顔を見ていると、どうしてもニューヨークのリビングで体操をしていた時のことを思い出してしまう。
キャンディも同じらしい。二人は同時に吹き出した。
「思い出しただろ?」
「テリィもでしょ?」
「否定はしない」
そんな他愛もない話が楽しかった。
一方で、テリィも自分の近況を話した。
春シーズンへ向けた稽古、演出家とのやり取り、マイケルやケビンのこと。休暇を取るために事前に根回しした話まで。
「そこまでして来てくれたの?」
キャンディが驚く。テリィは肩をすくめた。
「ま、念のため」
「大変なのにありがとう」
「いいんだよ。会いたかったから」
その言葉はあまりにも自然だった。
だからこそ、キャンディの胸へ真っ直ぐ届いた。
しばらくして会話が途切れ、沈黙が落ちる。けれど気まずさはない。
テリィはコーヒーカップを持ったままキャンディを見ていた。
キャンディも紅茶を持ったままテリィを見ていた。
先に何か言おうとしてらでも相手の顔に見入ってしまう。
向かい合って座る二人の間には、穏やかな時間が流れていた。
窓の外では雪が舞っている。
テリィはふと気付く。
キャンディが紅茶のカップを両手で包み込むように持ったまま、何度も指先を擦り合わせていることに。
寒いのだろうか。それとも少し緊張しているのだろうか。どちらとも取れた。
テリィは小さく微笑んだ。
「キャンディ」
「ん?」
「ちょっと手を貸して」
突然の言葉にキャンディは首を傾げる。けれど素直にカップを置くと、言われた通り手を差し出した。テリィの大きな手がそっとその手を包み込む。
温かかった。外の寒さなど忘れてしまうくらいに。
キャンディは思わず目を瞬いた。テリィは何も言わない。ただ自分の両手でキャンディの手を包み込んでいる。
まるで冷えた指先を温めるように、あるいは、こうして触れていることを確かめるように。
「テリィ……?」
キャンディが小さく呼ぶ。
するとテリィは少しだけ照れたように笑った。
「さっきからカップばかり触ってるから」
「え?」
「手、冷たいのかと思った」
キャンディは自分の手を見下ろした。
確かに無意識だった。緊張していたのかもしれない。うれしくて落ち着かなかったのかもしれない。テリィとこうして向かい合っていることが、まだ夢みたいだったから。
その気持ちを見透かされたような気がして、少し恥ずかしくなる。けれどテリィの手は離れなかった。
大きくて、優しくて、安心する温もりだった。
「温かい……」
思わず零れた言葉に、テリィは小さく笑う。
「それはよかった」
そう言った声もまた温かかった。
キャンディはそっと指先に力を込める。
するとテリィも応えるように握り返した。
それだけなのに胸が満たされる。
雪の降るシカゴの午後。
二人にとっては、どんな言葉よりも愛しい時間だった。