喫茶室はロビーの一角にあった。大きな窓から春の日差しが差し込み、落ち着いた音楽が流れている。
キャンディは窓際の席へ座った。だが落ち着かなかった。心臓がずっと早鐘を打っている。
本当にテリィだった。思い出さないようにしても思い出してしまう名前。もう会えないと思っていた人。
その人が今、このホテルのどこかにいる。そう思うだけで胸が苦しくなる。
やがて、喫茶室の入口が勢いよく開いた。
ホテルスタッフの「いらっしゃいませ」という声を振り切るように、一人の男が飛び込んでくる。
息を切らしながら辺りを見回し、すぐにキャンディを見つけた。そして真っ直ぐ駆け寄ってくる。
タキシードジャケットとネクタイを手に持ち、白いシャツ姿のテリィは、どう見ても落ち着いている人間には見えなかった。
「ごめん、遅くなった」
肩で息をしながら言う。キャンディは思わず笑顔になる。
「ううん。そんなことないわ」
そして少し首を傾げる。
「でも……何かこのあと用事があるんじゃないの?」
「ああ」
テリィは短く頷いた。
「今夜は俺の壮行会なんだ」
壮行会。その言葉だけで十分だった。キャンディはすぐに理解する。
新聞で見た記事、ブロードウェイから選ばれた俳優、シェイクスピア記念劇場……テリィが夢を叶えようとしていることを。
「そうなのね」
自然と微笑みが浮かぶ。
「おめでとう」
テリィは少し照れたように視線を逸らした。
「ありがとう」
そして小さく息を吐く。
「それにしても……まさかこんなところで会うとは」
「それは私も同じよ」
二人は顔を見合わせる。まだ信じられない。再会した実感が追いついていなかった。
「でも、なぜニューヨークに?」
テリィが尋ねる。
「全国医療大会というのがあって」
キャンディは答えた。
「私たち診療所が表彰されたの」
テリィの目が大きくなる。
「すごいじゃないか」
「そんなことないわ」
「いや、すごい」
今度は本気だった。心からそう思った。
キャンディは昔から誰かのために走り続ける人だった。その努力が評価されたのなら、それほどうれしいことはない。
けれど、そこでまた会話が途切れる。沈黙が落ちる。話したいことは山ほどある。それなのに、何から話していいのかわからない。
7年という時間は、それほど長かった。その時だった。
「ああ、キャンディ」
マーチン先生が姿を見せた。
「まだいたのかね」
そして向かいに座るテリィを見て首を傾げる。
「……こちらの方は?」
「あ、先生」
キャンディが慌てて立ち上がると、テリィも倣って立つ。
「学院時代の友人です」
「そうかね」
マーチン先生は穏やかに微笑む。
「まさかこんな場所で再会するとは思いもよりませんでした」
穏やかにテリィが答えるとキャンディはテリィへ向き直る。
「覚えてる? 私がシカゴで働いていた診療所のマーチン先生」
テリィは一瞬考え込んだ。
「シカゴの診療所で?……」
そして記憶が繋がる。
「ああ……」
あの頃、キャンディが手紙に書いていた。そう思い出し始めたとき、喫茶室の入口から大きな声が飛んできた。
「テリュース!」
マネージャーだった。顔には明らかな焦りが浮かんでいる。
「こんなところにいたのか?! もう間に合わなくなるぞ!」
その瞬間、テリィの中で何かが決まった。
今ここで別れたら、また会えなくなるかもしれない。
7年前と同じように。
そんな考えが脳裏をよぎる。だから彼はほとんど反射的に口を開いた。
「キャンディ、いつ帰る?」
「え?」
「いつだ」
「明日の午後だけど……」
「じゃあ明日12時」
間髪入れずに続ける。
「ホテルに迎えに行く」
「ちょ、ちょっと待って」
キャンディは戸惑う。
「それって――」
「どこのホテルだ?」
「え?」
「どこのホテル?」
勢いに押される。考える暇を与えないほどの早口だった。
「コモンドホテルだけど……」
「わかった」
即答だった。
「ホテルを出たところで待ってる」
「テリィ!」
キャンディは思わず声を上げる。だが本人はまるで聞いていない。いや、聞いていても止まらなかったのだろう。ようやく繋がった糸を、二度と離したくないと言わんばかりに。
その様子を見ていたマーチン先生が穏やかに笑った。
「まあ、久しぶりに会った友人ならいいじゃなかろうか」
そう言ってキャンディを見る。
「汽車の時間まで積もる話でもしてきなさい」
先生の目には、若い頃の旧友と偶然再会しただけに映っているらしい。それが幸いだった。
キャンディは返事をしながらも、胸の奥が妙に温かくなっていることに気づいていた。
半ば押し切られ、考える暇もなかった。けれど、本当は。自分ももう少し話したかったのだ。
長い間ずっと会えなかった人と。明日、もう一度会える。その約束が胸の奥で静かに灯り始めていた。
そしてテリィは何度も振り返りながら、マネージャーの後をついていった。
まるで再び離れ離れになることを恐れるように。