自由の女神を後にした頃には、空はすっかり夕暮れ色に染まっていた。
「あんなに大きいと思わなかったわ」
キャンディは笑う。
「写真で見るのと全然違うのね」
テリィはハンドルを握りながら頷いた。
車はゆっくりマンハッタンへ戻っていく。
街には次第に灯りがともり始めていた。
ショーウィンドウ。劇場街のネオンサイン。レストランの明かり。
ホリデーシーズンを目前に控えたニューヨークは、どこか浮き立つような華やかさをまとっていた。
しばらく走った頃だった。
「お腹空いてないか?」
テリィが尋ねる。キャンディは少し考えた。
昼食は軽かったし、それなりに歩いた。確かに空腹ではある。
「そうね、そろそろお腹空いたかな?」
「何か食べたいのある?」
「私は何でもいいわよ」
キャンディらしい答えだった。テリィは笑う。
「じゃあ。俺が行きたい店でいいか?」
「もちろん」
その返事を聞いて、テリィは車の進路を変えた。
しばらくして車はマンハッタンでも一等地と呼ばれる地区へ入る。
高級ホテルに格式あるクラブ。老舗レストラン。
キャンディは窓の外を見ながら少し驚いていた。
「テリィ」
「ん?」
「ここって……」
テリィは苦笑する。
「少し高めかな」
少しどころではない気もした。やがて車は重厚な石造りの建物の前で止まる。派手さはない。けれど一目で格式があるとわかる店だった。
ドアマンがすぐに近づいてくる。車のドアが開かれる。キャンディは思わず背筋を伸ばした。
店内へ入ると落ち着いた照明が出迎えた。
磨き上げられた木材、静かに流れる音楽。
客たちもどこか上品だった。テリィは受付へ向かう。
「すみません」
少し申し訳なさそうに言う。
「予約してないんですが」
支配人らしき男性が顔を上げた。そして次の瞬間、柔らかく微笑み、丁寧に一礼した。
「グレアム様でしたら、いつでも歓迎いたします」
キャンディは思わず瞬きをした。
支配人の態度に一切の大袈裟さはない。まだテリィは名乗っていないのだが、当然のような対応をした。
「急に来て申し訳ない」
「とんでもございません。当店をお選びくださいまして光栄でございます」
支配人は微笑んだまま答える。
「本日でしたら個室をご用意できます」
「助かります」
「こちらへどうぞ」
二人は案内される。その間も、従業員たちの動きは洗練されていた。誰も余計な視線を向けない。
ただ自然に、しかし最大限の敬意を払って接している。
個室へ通される。扉が閉まると外の気配はほとんど聞こえなくなった。
静かな空間だった。キャンディは思わず息を吐く。
「すごいお店ね」
「そうか?」
テリィは肩を竦める。
「落ち着いて食べられるから来るだけだ」
「普通そういう店は落ち着かないと思うんだけど」
その言葉にテリィは笑った。やがてメニューが運ばれてくる。
キャンディは値段を見て目を丸くした。そして慌てて閉じる。見なかったことにした。その反応を見ていたテリィが肩を震わせる。
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないわ」
「きみは好きなものを選んでくれ」
「それでも」
「こういうのは、素直に受け取ればいいさ。俺もそのほうがうれしいんだ」
キャンディは小さくため息をついた。結局かなわない。
注文を終える。やがて料理が運ばれてくる。
香ばしく焼かれたステーキ。温かなスープ。新鮮な野菜。焼きたてのパン。
キャンディは思わず目を輝かせた。
「おいしそう……」
「だろ」
テリィも満足そうだった。
しばらく二人は食事に集中する。
その何気ない時間が心地良い。
キャンディはふと向かいのテリィを見る。
店の人々は皆、彼を知っていた。
特別扱いしているわけではない。
けれど明らかに信頼と敬意を向けている。
劇場で見る俳優テリュース・グレアム。新聞で語られる人気俳優。その一端を垣間見た気がした。
だが本人はまるで気にしていない。
ステーキを切りながら、
「その顔は何だ?」
と聞いてくる。キャンディは笑った。
「ううん」
首を振る。
「やっぱりテリィってすごい人なんだなって思っただけ」
その言葉にテリィは一瞬だけ動きを止める。そして小さく苦笑した。
「そんなことない」
「あるわ」
「ない」
「ある」
子どものような言い合いになる。そして二人とも吹き出した。個室には笑い声が響いた。
窓の外ではニューヨークの夜景が少しずつ輝きを増している。
だが今の二人には、その景色よりも目の前の時間の方がずっと大切だった。