自由の女神へ行くと決まると、キャンディはどこか浮き立った様子で立ち上がった。
「じゃあ準備してくるわ」
そう言って寝室へ向かう。テリィもコートを取りに行こうとして、ふと窓の外へ目を向けた。
冬のニューヨークだった。陽射しはある。だが風は冷たい。
海へ向かえばなおさらだ。そこでテリィはあることに気づいた。
「あ……」
キャンディにはマフラーがない。昨日は慌ただしく買い物をした。服もコートも揃えたけれどマフラーまでは買っていない。
自由の女神へ向かうフェリーの上はかなり冷えるはずだった。
テリィはクローゼットを開く。何本かあるマフラーの中から一本を取り出した。
ターコイズブルーの生地。赤のラインが入ったタータンチェック風の柄。端にはブランドロゴが刺繍されている。
以前、舞台衣装の協力をしたブランドから贈られたものだった。品質は良い。
だが、どちらかと言えば柔らかい印象のデザインで、テリィには少し似合わなかった。結局ほとんど使っていない。
そこへキャンディが戻ってきた。
「お待たせ」
コートを着込み、準備万端だった。テリィは手に持っていたマフラーを差し出す。
「これ」
「え?」
「海は寒いから」
キャンディは目を丸くした。
「でもテリィは?」
「俺は別のがある」
そう言って首を振る。
「それ、使ってくれ」
キャンディは受け取った。柔らかな手触りだった。思わず笑顔になる。
「素敵」
そして首を傾げる。
「でもこれ、可愛い感じね」
テリィを見る。
「テリィが買ったの?」
「いや。衣装協力のあったブランドからもらった」
「あぁ、なるほど」
「男女問わず使えるからって」
そう言って肩を竦める。
「でも俺には少し可愛すぎる気がしてな」
キャンディはマフラーを広げてみる。
確かにテリィのイメージとは少し違う。けれど上質で綺麗だった。テリィが言う。
「きみにあげるよ」
キャンディは驚く。
「え?」
「どうせ俺は使わないし」
「でも」
「似合うと思う」
さらりと言われる。キャンディの頬が少し熱くなる。
「……ありがとう」
本当にうれしかった。大切に扱うように首へ巻く。
柔らかな布地が頬に触れる。
そして、ふわりと香りがした。テリィの匂いだった。ほんの少しだけ残るコロンの香り。思わず胸が高鳴る。
もう少し嗅いでいたい。そんなことを考えてしまう。もちろんできるわけがない。そんなことをしたら変な人だと思われる。
キャンディは慌てて思考を打ち切った。
――私、舞い上がってる?
自覚はあった。昨夜からずっとそうだ。手紙の意味を聞いて、想いを伝え合って、今はマフラーまで貰っている。落ち着けと言われても無理だった。
テリィはそんな彼女の様子を知らない。ただマフラーを巻いた姿を見て微笑んだ。
「似合う」
その一言で、また胸が跳ねた。本当に困る。こんな調子では自由の女神へ着く頃には心臓が持たない。
やがて二人は部屋を出て、エレベーターで下へ降りる。ロビーを抜け、そして建物の前に停めてあった車へ向かった。
助手席のドアを開くテリィ。
「どうぞ」
「ありがとう」
キャンディは乗り込みドアが閉まる。
エンジンが掛かり車がゆっくりと動き出した。
マンハッタンの街並みが流れていく。
窓の外には高層ビルら行き交う人々、華やかな店先。ニューヨークの冬の景色。
だがキャンディはほとんど見ていなかった。
隣にいるテリィが気になって仕方ない。
一方のテリィも、平静を装っているだけだった。
信号待ちでふと視線を向ける。
ターコイズブルーのマフラー。
その中でうれしそうに外を眺めるキャンディ。
不思議なことに、その光景を見ているだけで幸せだった。
車は南へ向かう。やがて港が近づいてくる。
海風の匂いが混じり始める。自由の女神はもう遠くない。
冬の陽射しがフロントガラスへ差し込んだ。
そして二人を乗せた車は、自由の女神を目指して静かに走り続けていた。